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「混血児(?)が出生してないから、 南京では強姦は無かった!」って、 それマジで逝ってんの? 南京を攻略した「中支那方面軍」の総司令官である松井石根大将は、南京陥落に先立つ1937年12月7日、城内での無用な混乱を避けるために、南京攻略に関する注意事項を示し、南京へ入城する部隊数を制限しようとしました。これは指揮官としては当然の措置でしょう。
しかしこれらの通達は見事に空文化してしまいました。例えば第九師団は12月13日には四個連隊全部が入城し、第十軍のうち二つの師団も半分以上が入城し、第十六師団に至っては15日に師団のほぼ全部が中山門から入城し勝手に入城式をやってのけ、そのまま居座ってしまいました。城外に駐屯した部隊からも連絡や見物の名目で相当数の将兵が入り込み、城内の兵力は7万近くに膨れ上がったそうです(以上、秦郁彦「南京事件」より)。 因みに松井大将は憲兵隊による秩序の維持を期待していましたが、実際のところ12月17日当時の憲兵は僅か17名だったそうです。 このような状況下に於いては、 「女が一番の被害者だったな。年寄りからなにから、全部やっちまった・・・・強姦をやらない兵隊なんかいなかった。そしてたいがいやったあとで殺しちまう。パッと放すと、ターッと駆けて行く。そいつを後ろからバーンと射つ。殺さないとあとがうるさいからだよ。憲兵にわかると軍法会議だからね。殺したくないけど殺した。もっとも南京には殆とんど憲兵はいなかったけど」(読売新聞の従軍記者、小俣行男著著「侵掠」(徳間書 店)、百十四師団一等兵の証言・・・・本勝「南京への道」より引用) (強姦後)気絶していた娘の膣に、そばに転がっていた一升瓶を突っ込み、どこまで入るか銃底で叩き込んでみた。そしたら血を噴いて骨盤が割れて死んでしまった(吉田裕・著「天皇の軍隊と南京事件」青木書店) 木のあいだに女の両手両足をゆわえ、子宮に手榴弾を差し込み爆発させる者(月刊誌「潮」1971年7月号特集「大陸中国での日本人の犯罪=100人の証言と告白」) (この二件は、鈴木裕子・著、未来社「従軍慰安婦内鮮結婚」より引用) これらの証言のような行為が頻発し、それに何の咎も無かったことも頷けます。 ところで、 南京で日本兵による強姦事件が発生していれば、 必ず混血児(?)が生まれていたはずだ しかし実際には、混血児は出生していない だから、南京では、日本兵による強姦は、無かった! って素面で主張しているヴァカコヴァには辟易させられます。なんでそんな馬鹿らしいことを口にできるのでしょうか?全く開いた口が塞がりません。 しかし、連中を納得させられるような(つまり、この論の愚かさを悟らせるような)説明をすることは、自分には困難(つーか打つ手が無い)だと感じ、長い間この話題は避けていました。私も南京で日本兵と中国兵の間に生まれた私生児の存在は耳にしたことがありません。連中に「強姦が多発したんなら、混血児も産まれているはずだべ?」と開き直られれば、それまでだったのです。 たしかに強姦が行なわれれば被害者の女性が妊娠することも場合によってはあるでしょう。そして占領下の混乱した状況では、堕胎する機会がなく出産してしまうこともあるでしょう。 ・・・・有名な「1945年・ベルリン解放の真実 戦争・強姦・子ども」では、当時の人口統計や産婦人科の受診記録によって、ソ連軍の突入による強姦被害者数や妊娠・出産の件数を具体的に推計していますので大雑把ですが紹介します。 「シャリテ病院産婦人科受診簿」によると、1945年7月23日から年内いっぱいまで受診した女性3852人のうち、 「強姦のために治療を受けたことが明らかな女性の総数」は514人、 「強姦された女性の妊娠件数」は118件、 そのうち中絶は37件、流産は3件です。 そして当時ベルリンには140万人の女性・少女が在住し、そのうち60万人は出産可能な年齢だったということです。 これらから「数ページが数字で埋まってしまう」推計を行なうと、 「少なくとも11万人の少女・女性」が強姦され、 そのうち出産可能な年齢であったのは5万7800人で、 1万1000人強は妊娠し、 1100人以上の子供が生まれたことになるそうです。 この推計には議論の余地もあるかもしれませんが、ベルリンでソ連兵に強姦された女性が妊娠・出産したことは事実なのです。一方南京戦についてのこのような推計を目にしたことはありません。 つまり、強姦された女性が妊娠・出産した事実を示すこの推計をもってして、ベルリンでソ連兵による強姦が行なわれたことを証明できますが、 南京戦については同種の推計は存在しませんので、南京で日本兵による強姦が行なわれたことを同じ方法によって証明することはできないのです。 これがバカコヴァの付け入り所なのですが・・・・しかし連中の、強姦が多発していれば必ず混血児も多く出生していたはずだ・・・・という安易な主張に対する違和感は消えませんでした。強姦でそんなに簡単に妊娠し、出産に至るでしょうか?そりゃー妊娠することもあると思いますし、混血児(?)も、もしかしたら存在しているかもしれませんが・・・・・なんだか連中の主張を見ていると、強姦→妊娠→出産というプロセスを随分簡単に捉えているような気が致しまして・・・・。 はたして人間は、そんなに簡単に妊娠し、そして出産するものでしょうか? 実際私は、結婚して何年も経つのに子供がいない夫婦を何組も知っています。以前勤めていた会社では「先輩、もしかして種無しっすか?」などと人様を冷やかして蹴りを入れられたりしていました。当時の私には、子供を作らない夫婦というのが不思議だったのですが・・・・しかしその後、因果応報とでも言うべきか、子供というものは簡単に出来るものではないことを身をもって知らされることになりました。義務を果たしていてもなかなか子宝に恵まれないこともあるのです。人間とはそんなに簡単に繁殖できる動物ではなかったのです。 ましてや普通の性交渉ではない強姦という行為では、妊娠してしまう確率は通常より小さいのではないでしょうか?・・・・特に、南京陥落直後のような異常な状況では? そのように考える理由を私の勝手な推測や、 「南京戦――閉ざされた記憶を尋ねて――元兵士102人の証言」(松岡環・編著、社会評論社)や、 「南京事件資料集A中国編」などからの引用によっていくつか示します。 ◆激しく抵抗されたため腹立ち紛れに殺してしまったケースも多いのでは? 性暴力が殺人に至ってしまうことは珍しくありません。戦場に於いては尚更ではないかと思われます。
◆相手に妊娠できる能力が無かったケースも多いのでは? 南京では幼い少女や老女までもが強姦の被害に遭ったことはよく耳にします。
また、これは南京の事例ではありませんが、「戦場に於ける特殊現象と其対策――国府台陸軍病院附軍医中尉早尾逓雄」という報告書によると、
このように妊娠することのない幼女に対する性的暴行を例示しています。 在沖米軍海兵隊を例に取るまでもなく、幼い少女まで獣欲の対象とするのは古今東西の軍隊に共通しているようです。何が楽しゅうて小さい女の子をレイプしようとするのか・・・・私は彼らの嗜好を全く理解できませんが、まあ、軍隊って集団とはそういうもんだっつーことでしょう。 それに少女ならともかく(?)、なんでお年寄りに対していきり立つことができるのか?という疑問も浮かびますが、まあ女を見れば誰でも構わず襲いかかるのは軍紀の崩壊した軍隊に共通のようです。
このように見境がなかったようです。 ◆被害に遭った女性が自殺したケースも多いのでは? 強姦という犯罪は被害者の身体を傷つけるだけではありません。日本兵によって強姦され自殺した女性は、アジア・太平洋戦争に於ける日本軍が展開した地域の中でどれほどの人数に達することでしょうか?
◆事を済ました後、殺害したケースも多いのでは?
(ちなみに日本軍も、中国では盗賊さえも強姦はしないと認識していたかに思える見解を出していました。1932年7月、関東軍参謀部は次のように述べていたそうです。 「支那人は面子を重んじ、外見上婦人を大切にするが、強姦は総ての悪徳暴虐行為の中、其最悪なるものとして非常に重大なる社会問題として居る。(匪賊や盗賊も)虚言、瞞着、掠奪、強盗等は平気でやるが、強姦だけは滅多にやらぬ」(関東軍参謀部宣伝参考「漢民族の特質」―――吉見義明「従軍慰安婦」P-23より) ・・・・・とまあ、 強姦しても妊娠に至らないケースを思いつくまでに並べてみましたが、しかしこれでは連中の主張に反論したことになりません。 南京の日本兵らは強姦した全ての女性を殺していたわけでは、ないでしょう。ですから連中が述べるように妊娠させたこともあるはずだし、そして混血児が出生していたかもしれないのです。 しかも「元兵士102人の証言」や「南京事件資料集A中国編」のような戦後の証言や被害者側の記録は、連中はえてして軽視(つーか無視)します。これらの価値を全く認めようとしない連中の愚かさは致命的ですが、しかし連中でさえも当時の日本軍の記録を提示されれば沈黙せざるをえません。 そういうわけで偕行社「南京戦史資料集」などから、南京での強姦についてのリアルタイムな日本軍の記録をピックアップしてみます。 ◆外務省の石射猪太郎・東亜局長は1938年1月6日の日記で、 「上海から来信、南京における我が軍の暴状を詳報し来る。掠奪、強姦、目もあてられぬ惨状とある。嗚呼これが皇軍か」(石射猪太郎「外交官の一生」・・・・秦郁彦「南京事件」より) と嘆いていました。 ◆元教育総監真崎甚三郎大将は(当時は予備役)、上海派遣軍を視察してきた衆議院議員の江藤源九郎予備役少将の報告を聞いて、 「軍紀風紀頽廃し、これを建て直さざれば真面目の戦闘に絶えずということに帰着せり。強盗、強姦、掠奪、聞くに忍びざるものありたり」(笠原十九司「南京事件」より) と日記に記しています。 ◆実際に逮捕された事例もありました。
◆南京進撃開始以降に多発した強姦事件は、軍に慰安所設置を急がせることになりました。飯沼守上海派遣軍参謀長は南京陥落前の12月11日の日記に、「慰安施設の件、中支那方面軍より書類来り、実施を取り計らう」(「南京戦史資料集」・・・・吉野義明「従軍慰安婦」より) と記しています。そして南京での強姦事件の多発によって、一刻も早い慰安所開設が求められました。上村参謀副長は12月28日の日記に、 「軍隊の非違いよいよ多し。二課をして各部隊将校会報を召集し、参謀長より厳戒するよう三十日十時より実施と、南京慰安所開設について二課案を審議」(同上)と記しています。 そして南京には何カ所も慰安所が開設され、安全区内の金陵大学に収容していた中国人女性難民からも募集を行い、元々売春婦だったらしい「かなりの数の娘たち」がこれに応じ、アメリカ人の女性教授(ミニ・ヴォートリン)を呆れさせたそうです。(この逸話はラーベ「南京の真実」P-148より) ◆畑俊六教育総監は南京の実情に鑑み、将校・兵員の入れ替え、中支那方面軍の最高司令官である松井司令官の更迭を進言したことを1937年1月29日の日記に記しています。
◆南京安全区国際委員会のメンバーと雖も、日本兵からの暴力と無縁ではありませんでした。 金陵大学のチャールズ・H・リッグス(アメリカ人)と、アメリカ大使館員のジョン・アリソン三等書記官は、日本兵が集団で連日強姦を行なっていた場所に踏み込み、ピンタを喰らってしまいました。 金陵大学内でリッグスが雇っていた二人の中国人女性が日本兵に連行され、リッグスからこの訴えを受けたアメリカ大使館員のジョン・アリソン三等書記官は1938年1月26日、リッグスと共に日本の憲兵の同行の上、連行された場所を突きとめました。しかしそこは天野郷三予備中尉ら十数名の兵士が宿泊していた家屋で、天野は連日あちこちから女性をさらっては部下らと暴行していました。アリソンらが踏み込んだときは、まさに天野が別室で女性を暴行している最中でした。天野の部下はアリソンらに強姦現場を目撃されたくないために「back!back」と叫びながら、アリソンとリッグスに平手打ちを加え、同行の憲兵はただ傍観するのみだったそうです。この事は当然アメリカ側からも抗議されたためタダでは済まなくなり、天野ら12名は軍法会議にかけられ、天野は旅順陸軍刑務所に送られました。戦後は召集前の生業だった弁護士業(!)を再開、1964年まで生きていたそうです。(秦郁彦「南京事件」より引用) この天野郷三という男は、「元兵士102人の証言」も登場します。
(この有名な天野の事件が登場する点からも、「102人の証言」は信用に値する資料であると言えるでしょう) また、上海派遣軍参謀長の飯沼守少将の日記にも天野の事件について記されています。
◆第十軍の参謀長は12月20日、配下の師団参謀長・直轄部隊長に対して、
という通牒を発しています。 ◆幕府山で獲得した約2万?の捕虜を揚子江岸で虐殺した歩兵第百三旅団長の山田栴二陸軍少将も、 日記の中で軍紀の乱れを嘆いています。
◆そして、南京を攻略した日本軍の最高責任者である、中支那方面軍総司令官・松井石根大将の耳にも、日本兵による略奪や強姦の情報が届いていました。
さらには「南京事件資料集@アメリカ関係資料編」(青木書店)にて、強姦された女性が妊娠したという報告を見出しました。
強姦事件が多発していたとすれば、妊娠してしまう例もあって当然だと連中は主張しますが、その当然のことがやはり起きていたのです。日本軍将兵の数ヶ月に渡る暴虐がもたらした全く当然の結果であります。 結局、「混血児(?)が出生した!」という記録にはお目にかかれなかったものの、以上の資料を踏まえれば、南京での日本軍将兵による強姦事件は確かに発生していた(しかもかなり多く)と断言することができます。混血児?の有無を問う意味など全くないのです。 しかし「南京で日本兵による強姦が多発していた!」という常識を断言するのに、随分と手間をかけてしまったもんです (_TдT) ・・・・しかし、 以上のような資料の提示を行なわなければ、悲しいことですが馬鹿コヴァの妄言に全く反論できないのです。言ったもん勝ちになってしまうのです。 逆に言えばこのような歴史を歪曲してしまう空論は、相手の無知によって初めて通用するのです。これが歴史歪曲の手法なのです。実にセコイ手ですが厄介なものです。 数年前私は2chの某板で、 「満州は満民族が住む地だった。それを独立させてあげたのに何が悪い?」 「南京の便衣兵は国際法違反だからその場で殺していいんだよ!」 などと言われて何も言い返せませんでした。 しかし柳条湖事件当時の中国東北部は漢民族が人口の9割を占めていたのです。南京で「便衣兵」として殺害されたのは、ゲリラではなく敗残兵(らしき者)だったのです。しかし私はその程度の知識すらなかったので言い返せなかったのです。知識がないというのは悲しいもので、このようなチャチなトリックにすら反論できないのです。 つーかこういう妄言を振りまく側も、本当の事実は知らないどころか、知識らしい知識など持ち合わせていません。 だいたい、柳条湖事件当時の中国東北部は漢民族が人口の9割を占めていたことを知らないから、 「満州は満民族が住む地だった。それを独立させてあげたのに何が悪い?」 ということを臆面も無く言えるのです。 南京で「便衣兵」として殺害されたのは、ゲリラではなく敗残兵(らしき者)だったことを知らなかったから、 「南京の便衣兵は国際法違反だからその場で殺していいんだよ!」 ということを臆面も無く言えるのです。 同じように、 強姦された女性が中絶を求めてきたことが安全委員会の記録にあることを知らず、 強姦が多発したことが日本軍内部の記録にも残っていることも知らなかったからこそ、 「南京で日本兵による強姦事件が発生していれば、必ず混血児(?)が生まれるはずだ」 「しかし混血児は出生していない」 「だから、南京では、強姦事件は、無かった!」 などという、馬鹿馬鹿しいことを口に出来るのです。 結局は、ロクな知識もない連中(ネット論者だけでなく、東中野やよしりんみたいな本を出してお金を稼いでいる連中も)が聞きかじりの知識からトンデモない妄言を組み立て、それを私のようにロクな知識もない人間に対して主張し、黙らせる・・・・という構図なわけです。 さらに言えば、上記のような空論を垂れ流す連中は、そもそも混血児(?)が出生しなかったことの確認など、行なっていないのです。 混血児(?)が存在しているのかいないのか、知らないだけなのです。知らないから、言えたのです。 たしかに混血児(?)が出生したという記録は残っていないようですが、上記の安全区委員による報告を知っていればこのような空論は出せないはずです。 しかも、もし混血児?が出生していても・・・・日本兵に強姦されて妊娠した中国人女性が、中絶せずに出産し育てた例があったにしても、その子にわざわざ「お前は私を強姦した日本兵人の子だよ」と告げるでしょうか?「私は日本兵に強姦されこの子を生んだ。日本政府に補償して欲しい」などと訴えるでしょうか? そもそも強姦という犯罪自体、告発されにくい性質のものです。 前掲の「シャリテ病院産婦人科受診簿」による「強姦のために治療を受けたことが明らかな女性の総数」が514人というのは、「はっきりと届け出ているのは514人」ということです。 しかし他にも「性交による出血」という「強姦を推測させる表現」も多く、「強姦された女性514人という数字は、最小限を示しているに過ぎない」ということです。 つまり強姦されたため身体に受けた何らかの影響の為来院した女性も、強姦されたことを医師に告げない場合が多いということです。 (また、前掲のように「強姦された女性の妊娠件数」は118件であり、さらに「強姦による発病」(続発性無月経、膣炎、淋病、梅毒、付属器刺激症状など)は314件です。 つまり強姦によって外傷を受けたり性病を移されたり妊娠した場合診察を受ける必要が生じ、そのため強姦されたことが明らかになるといえます。 (世間では「強姦されると妊娠することが多い」という説も一部に流布しています。しかしこれは、強姦によって妊娠させられた場合中絶する為家族に相談したり診察を受ける必要が生じ、そのため強姦されたことが明らかになるので「強姦は妊娠しやすい」ように見えるだけ、つまりまるっきりアベコベの話では、ないでしょうか???) 強姦された女性が告発するどころか被害を隠してしまうことも多いでしょう。(それを逆手にとって「正確性に欠ける」として、被害者側からの日本軍による性暴力に関する数々の情報を一顧だにしないとは、なんたる厚顔無恥でしょうか?) 自分が強姦されたことを公表するどころか、生まれた子の尊厳まで傷つける行為を敢えて為すでしょうか?「日本人と中国人の混血児(?)の報告は無」くとも当然でしょう。 また、もしも「私の母は日本兵に強姦され、私を生んだ」と証言する中国人が現れても、連中は「では、DNA鑑定の結果を示せ」と迫るでしょう。つまり、その人物の父親に当たる元日本兵のDNA情報の提示を求めてくるわけです。そんなこと出来るわけがありません!もし当該の人物を探し当てることが出来て(それ自体完全に不可能ですが)、しかも存命中だとしても、そんな検査は絶対に拒否するでしょう。結局この空論は、ある意味完全無欠なのです。日本人の一部にこのような無知と非常識をミックスして生まれた空論を唱える者がいること自体非常に嘆かわしいことです。 この妄言を最初に唱えたのはもしかしたらよしりんでしょうか?違うかな?それはともかく、最初にこの空論に接したときには正直「なんて馬鹿なことを言うのかな・・・・?」と思いましたよ。どのように「馬鹿なこと」であるかはうまく言葉に出来ませんがね(これをうまく説明出来れば、ただの「厨房」の域から一歩進めるのですが)。つーかポッカリ開いた口が塞がらなくなって何も言えなくなるとはまさにこういう状態です。しかし言っている方はマジなのかなあ?もう歴史検証とか歴史認識とかではなく宗教の域に達していますね。こういう妄言を唱える人間は世間一般との間に、決して超えられない広く深い溝を自ら掘ってしまったようです。 (日本茶歴史ボード18299,19085,18616より再編集。2004-8-28) |