1月8日(日)ようやく正月気分から通常ペースに戻った世間様。正月気分が抜けきれないのはテレビだけかな?!
[たかじんの・・・・・」何とかで、日頃他人の失敗をあげつらう面々が、全員”橋下知事様”と媚っていた。変なのー!
自遊人にとっては「正月休みよ、早よ終われ!」何処行っても、”ひと・ヒト・人”。
特に雪国新潟は人が集まるところは限られているので大変。労働者諸君いざ行かん職場へ・・・・・・ご苦労さん!
「相手の気持ちになって・・・・・」。という言葉があるけれど、そんなの無理だね。
日頃きれい事言ってても、人間なんて所詮自分勝手。
5月20日(日)新緑の春。亀田郷の田園地帯を散歩していると雉の鳴き声が・・・「ケーンケーン」
いたいた。「コノヤロー」後ろから追っかけてみたけど、速えーこと、速えーこと。
ニワトリ追っかけたこともあるけど、雉の方が断然速い。ジャマイカのウサイン・ボルト並み。
濠にはコバルト色のかわせみも低空飛行している。いいねー春は。
近くにある焼却場に、そのうち宮城だか岩手のガレキが運ばれてくるんだろうけど・・・。
生態系に異変が起こらないように祈りたい。
さて、今週は手打ち蕎麦を持って山古志へ行って、山古志の山菜と物々交換して来るかな。

4月23日(月)桜満開の新潟。山古志親父も先週末、あの「越乃寒梅」傍の北山の池で観桜会。
二日酔いで、またまた山古志へは行けなかった。ヤーコンの苗どうするんだてば。全く。
また、直前になって慌てて、どうしよう、どうしようでウロウロ熊歩きが始まるんだろう?
おら知らねー。そう言えば秋田のクマ牧場で熊が逃げ出したというニュースが流れていたっけ。
山古志親父がいれば、熊も逃げ出さんかったんじゃねーのかな。アノ顏で「ガオー」
三条のショも一緒だと、熊も一瞬で心臓マヒかも。
オッ、我が家の庭に鶯が鳴いている。「ホーホケキョ!」熊より鶯。今日の書き込み終了!
3月24日(土)越後の国は、相変わらずの寒さ続き。ニュースでは桜便りが出始めているのに
来週も雪予報。もうたくさんらて、雪は。山古志親父も社長業が忙しいこともあって山古志亭にはご無沙汰。
トップページの写真も取り替えたいし、旬の山菜も見つけて蕎麦と一緒に食いてーし。
晴天になったら行くぞ、まだ雪に埋もれている山古志へ。
悪天候が続くのは、みんなお前が悪いんだー・・・・・誰?山古志親父のこと?三条のショのこと?
4月になったらみんなで大掃除に行きましょう。

1月15日(日)冬場は駅伝やマラソン中継が盛ん。沿道では多くの人が、旗振って「頑張れー」
そこで思い出した。東日本大震災で、被災した人に「頑張ってね」といって握手している場面が映っている所で、
著名な尼さんとか、先生が、「被災した人達は、もう充分頑張っているんだから、”頑張って”という言葉は使うな。」と。
こちとら「へえー、面倒な事言うもんだ。いいじゃねーか”頑張って”、で。」と思ったことを。
マラソンの人も全力で頑張っているのだから、「頑張れー」という言葉は使っちゃいけないのか。変なのー!
”頑張れー”という言葉を使うなというんだったら、何て言えばいいのー?。教えてくれー!
偉い人たちは、もっともらしい理屈を述べるだろうけど、やっぱり”頑張って”に代わる言葉は流行らないと思うよ。
今朝、橋下知事と山口北大教授のバトルおもっしぇかったなー。今度は紫頭の叔母さん教授とやれよ。頑張れー!
山古志珍日記 1月12日(木)今のところ珍日記話が聞こえてこない山古志親父。
先週は山古志で藁を燃やす”賽の神”祭りがあったものの、山古志親父は大雪に尻ごみして不参加。
何かおもっしぇ話し、と言う事で”T”の話をすっかな。蕎麦職人Tの事じゃなく、別な”T”の話。
「お茶は、Tea???」・・・「パンツは、Tー???」・・・正確に区別して発音できる、あんた!
ん!山古志仲間で誰か・・・・・居ねーだろうなー、無理無理・・・と思うよ。
「オカちゃん、お茶買ってきてー、”ティー???”タイプのお茶。」・・・・・「了解。”ティー???”のやつね。」
ちがう!それはパンツだろう!
5月17日(木)天気の悪い日、「テレビでも見っかー」と、スイッチオンすると、又、あの批判ばっかしている面々が、
相変わらず泡飛ばさんばかりに世相を批判。もう、あきあき。チャンネル替えても似たり。・・・スイッチオフ。
ある坊さんの本に、”現代人は、とかく自分を善者と評価し悪戯に他者や社会を裁く”とあった。マスコミも同じ。
そういえば、「嫌いなタレントベストテン」とかをインターネットで検索すると、人生経験を振りかざして、
一端のお説教を吐いている面々が多く入っている。納得。
その点、山古志親父は、批判?するのが商売の中小企業診断士でありながら、
日々のドジ行動が原因で批判されてばっかり。それで結果的に愛(哀?)されている、あなたはえらい!
5月3日(木)雨の連休後半。世間様は行楽あるいは帰省で民族大移動なのに、山古志は閑散。
明日は闘牛なのに、雨じゃあ期待できず。それではと一人で山古志亭の大掃除を始めた。
一服を兼ねて、窓開けて原風景を見ながら風呂に入っていると(入浴時間一時間半)
玄関で愛犬ボスが「ワンワンワン」・・・人の声が聞こえる。・・・「誰かいないのだろっか?」と。
知らん顔して風呂に入っていたけど、あんまり、「誰かいないのだろっか」と言っているのが聞こえるので、
湯船の中から空に向かって「風呂らてば、風呂。店やってねーよ。」と、どなると静かになった。ごめんね。

4月30日(月)一昨日、ヤーコンの種イモをもらいに、蕎麦職人Tと上越市名立の久保埜さん宅へ。
山古志親父は運転しながら、TのIpodから流れている歌を、”嘘歌メロディー”で合唱。
「別れの朝二人は、さけた(?)紅茶んんんんーーん。んんんんの口づけーんんんんん???」
訳のわからない歌詞で、ワン小節遅れながら、本人は上機嫌で上越までドライブ。
助手席の蕎麦職人Tは、安全運転させるために、嘘歌を黙って聞いていたけどさー。馬鹿じゃねん。
帰りは出雲崎辺りで日本海に夕陽が落ちる写真をバッチリ。
4月6日(金)町内会長になってしもた蕎麦職人T。
お陰で地域との連携とやらで小・中学校の入学式に参列するはめに。
ピカピカの一年生とピカピカ頭の校長、お顔ベタベタの婦兄が。・・・テメーの息子の入学式も行ったことねーのに!
4年ぶりにネクタイなんざしてさー。・・・・・あーコソバ!
学校の先生も今は大変なんだろーなー。モンスターペアレンツとかいうアホな父兄も多いようで・・・・
昔は、勧められなくても、勝手に上座に座るのは、猫、馬鹿、坊主、先生とかいわれていたのに・・・
そう言えば、山古志親父も中小企業診断士。せんせー、と呼ばれていたっけ。今は、社長とも呼ばれている。スゲー!
そうそう、you tubeで「尻の臭いを嗅ぐチンパンジー」で検索すると、出てくる画面がとても面白いよ。大笑い!
2月25日(土)先日、風邪の予防には汗流すのが一番と、新潟空港付近の「湯ったり苑」に行った時の出来事。
サウナで汗かいて水風呂に浸かった時、フト横を見ると変なオッサンがこっち向いている。アレー山古志親父ー。
「オメサン、仕事しねーで平日の朝から風呂なんか入ってていいんかー」と聞くと、「オメーに言われたくねー。」
「俺は日曜日も仕事してたんだ。今日ぐらい休まんと・・・・・病みあがりなんだぞー」とチ○ポぶら下げて仁王立ち。
そして一緒に風呂上がって、新潟市内で創業100年超えの「海老家」へ行って蕎麦ランチの一日でした。
皆川昭介さん、何で身上(シンショウ)潰した。朝寝朝酒朝湯が大好きでそれで身上つぶした。アーもっともだ。もっともだ。
2月11日(土)暦の上では立春を過ぎたのに大雪。新潟市内で積雪が40cm超えたのは珍しい。
2月、3月は山古志親父にとって確定申告の季節になるため、忙しくて毎年機嫌が悪い。
たまたま、2月15日(水)19:00からBSN(新潟放送)TVで山古志ヤーコン作付の先生である上越市の久保埜さんが
出演すると連絡したら、「うん、知っているよ。小野沢さんがら連絡あったてば!」と、ダミ声親父がソプラノ調の声。
あの顔で、ソプラノ調の声はキモイ。ひょっとして、とうとう・・・・・・そんなことはないか。「春だ病む時期だ。」
山古志からの情報発信へ

皆川昭一・山古志便り

1月19日(木)新年会を兼ね、昨年亡くなったH局長の夫人を招いて激励会を昨日三条市で開催。
小野沢アナウンサーも仕事先の六日町から駆け付けてくれて、山古志親父も上機嫌。
山古志親父とH局長の爆笑話で盛り上がり、久方ぶりの罵声が飛び交う、やっかましくて、大笑いの会合。
糖尿病予備軍のショ、ピロリ菌除去治療中のショ等々、酒を控えているおっさんが、羽目を外して飲んでいた。
「いやー、しばらく酒をセーブしていたせいか、酔いが回るのが、早えー」とかなんとか言っちゃって、
よだれを垂らさんばかりに酒をあおっているオッサン連中を見て、「オイオイ、大丈夫かよ?」
ノンベイは、その後が面白い。翌朝、飲み会後のフォローをしているO親分。アッチコッチに電話で「昨日はどうも・・」
蕎麦職人”T”にも電話かけたり掛け直したり。そのうち、また親分から電話、受話器を取ると、
「ハー、あのー?どちらさんですか。あっマチゴテまたかけてしもた。ガハハハハ!」・・・ご苦労さんでした。

山古志親父の本業(副業?)は中小企業診断士。新潟市で生まれ育ち、現在は新潟市と山古志を行ったり来たり。
永年の創業支援や企業再生コンサルティング活動、各地商工会議所や商工会連合会等の公的機関における
商工調停士、専門相談員や中小企業大学校等の研修講師としても活動中。
山古志村の魅力にひかれ、廃校となっていた学校の教員宿舎を改装し、平成15年春「山古志亭」を開業。
平成16年10月23日の中越大震災で、店も壊滅的被害を受けたものの、
多くの人からの支援と励ましにより平成19年 4月29日復活再オープンが実現。
民宿、ヤーコン栽培、そして最近は原風景の写真撮影に没頭。
平成21年度毎日新聞主催の「四季の山古志写真コンテスト」でグランプリ(長岡市長賞)受賞
平成22年度フォトコン、二科展にそれぞれ入選。最近は”写真キチ”である。
但し、平成22年後半から新潟の会社の経営も引き受けることになり、山古志亭は土、日、祭日のみ営業に移行。

2月18日(土)雪・雪・雪の新潟県。大雪はこれで終わりだろう・・・・・サラリーマン川柳も今年はパッとせず。
そんな中、山古志親父から電話。「久保埜さんのテレビ見たけー?俺見てるうちに寝てしもてさー。ガハハ」だって!
所で、話は全く違うんだけど、天皇陛下が心臓手術のため入院するニュースがテレビで報道されていたけど、
アノ東大病院入り口で、天皇陛下と先生方が挨拶している時、何て言って言葉を交わしているんだろう?
天皇陛下は「お世話になります。」とかだと思うけど、先生方は、まさか、「いらっしゃいませー。」じゃあるまいし、
「お待ちしておりました。」でも変だし・・・・・

辰年

1月1日(日)明けましておめでとうございます。!
例年通り、昨年の珍日記をバッサリ削除。とりあえず年末年始のご報告を。
山古志親父は何時も通り年末年始は山古志亭で、と行ってみると昨年以上の豪雪にびっくり。店は雪に埋もれていた。
それでも雪の山を登って、滑り台に乗った気分で落下し玄関までたどり着いたが、身動きとれなく元旦に新潟へ退散。
宿泊の問い合わせもあるけれどムリムリ。ニイガタライブカメラでみる周辺の状況と全然違う山古志の雪は。
一方、HP管理者Tは年末ゴッツオーの食い過ぎで、イオンへ行って、”いい薬です”を購入し、食い過ぎ反省の日々。
Oセンター長は飲み過ぎで声変わりしてダミ声に。年始の飲み始めで直るとか。ダミ声の方がふさわしい。と影の声。
年々歳々花相似たり、歳々年々人同じ失敗を繰り返す?????
民宿も、写真撮影も、そして会社経営も。「二兎を追うものは一兎も得ず」というから、今年も三兎を追います。
4月16日(月)やっと行ってきました山古志亭。豪雪、豪雪といっても春は着実に近づいている。
但し、一歩奥へ行くと、あちこちで除雪中。山古志亭の直ぐ下の牛舎から先は依然として通行止め。
山古志親父に電話すると、「あっ、そんげに雪のーなっていたんけー。」だって!・・・呑気だね全く。
「連休には、店開けよてば。山古志妄想歌劇団連中に手伝ってもろてさー。」というと、
「そらなあー!」と乗り気の模様。どうせ社長業は連休中は休みのことだし。復活山古志亭で行こう。
3月11日(日)三寒四温の季節。チート暖ったこなったと思ったら、また今週前半はサーメ日々が続くらしい。
今日で東日本大震災から1年。テレビは震災関連の特番ばかり。
石原都知事が、「手を合わせることは誰でもできる。要は行動で示さなければ」だって。いいこと言うねえ。
「絆」とかなんとか言っておきながら、「オラが町には、ガレキNO!、アチサンの所なら、OK。」これが絆?
山古志親父とは風呂でバッタリ以来ご無沙汰。ホンの数分会うだけで珍日記のネタが出来るのに残念。
まっ、もうすぐ春の山古志亭で支離滅裂親父が本領発揮するのを期待しましょう。
山古志親父 1月28日(土)大寒に突入した途端に大雪。山古志亭も雪に埋もれているはず。そんな中、山古志親父は、
新潟市での社長業に専念して勤しんでいると思いきや、「アベちゃん、二代目ボスの犬小屋作ってくンねケー」
やれやれ。しかし改めて思うんだけど、山古志親父の前には、何時も誰かが”正義の味方月光仮面”として
疾風(ハヤテ)の様に現れるんだよなあ?。・・・・・月光仮面・・・・・古いなー
そろそろ山古志亭の除雪にも行かんば。俺、雪除け苦手だし、新潟市北山の連中2~3人に頼むかな。
ところで、その中に蕎麦職人”T”も?・・・とんでもハップン。なーにアレがやろば。俺とおんなじで、口ばっか!

3月1日(木)春が来た春が来た何処に来た。山に来た里に来た親父に来た。
最近、橋下市長の「全ては憲法9条が原因だと思っています.。」という言葉がはやっているそうな。
私のオッパイが小さいのは、全ては憲法9条が原因だと思っています。
私がハゲてしまったのは、全ては憲法9条が原因だと思っています。とか・・・・・アホか!
誰かさんも「私が食事制限になったのは、「全ては憲法9条が原因だと思っています。」というのかな?
OH NO・・・・あなたの場合は単なる飲み過ぎです。