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双子の微笑2006

 今年(2006)書いたブログ「対話とモノローグ」の記事から、6つを選び、「弁証法試論」への導入とする。

 目次      

   1 双子の微笑

   2 アンチとヘテロとパラ

   3 ひらがな弁証法

   4 新しい弁証法的精神

   5 「対立物の相互浸透」のゆくえ

   6 弁証法の理想型と現実型

1 双子の微笑

 九鬼周造は、『偶然性の問題』の中で、「双子の微笑」という比喩を紹介している。

ポール・ヴァレリーは一つの語と他の語とのあいだに存する「双子の微笑」ということを言っているが、語と語との間の音韻上の一致を、双子相互間の偶然的関係に比較しているのである。

 九鬼は押韻との関連で、偶然性の象徴としてみている。音と音との偶然の出会いである。

偶然性を音と音との目くばせ、言葉と言葉との行きずりとして詩の形式の中へ取り入れることは、生の鼓動を詩に象徴化することを意味している。

 たいへん美しい。「音と音との目くばせ」、「言葉と言葉との行きずり」。

 「双子」に、「よく似た二つの顔」が重なる。

 よく似た二つの顔は、一つ一つのときには別に人を笑わせないが、二つ並ぶと、似ているというので人を笑わせる。(パスカル『パンセ』133)

 これは、わたしの考察の出発点だった。いまは複合論(弁証法の新しい理論)の象徴である。「よく似た二つの顔」を、これまでわたしは類似性から見て、偶然性という立場では考えてこなかったように思う。偶然性からも見ることができるのだ。

 「双子の微笑」を複合論の象徴として借りようと思う。

 双子。例えば、ケプラーの惑星の法則とガリレイの落下の法則、エールステッドの法則とファラデーの法則、スピノザの規定論とカントの二律背反。

 ケプラーとガリレイの目くばせ、エールステッドとファラデーの行きずり、スピノザとカントの微笑。

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2 アンチとヘテロとパラ

 ヘテロテーゼという表現があるのを知ったのは、木岡伸夫「テキストとしての偶然性」(『九鬼周造の世界』ミネルヴァ書房 )だった。そこに、次のように出ていたのである。

 甲に対する非甲は、甲でないすべてのものという無規定的な概念であるが、思惟のうちにしか存在しない。現実には、非甲は甲の否定ではなく乙という反対のものに帰着する。甲に対する乙は、したがってAntithesis(反定立)ではなくHeterothesis(他立)である。

彼が提起するのは「ヘテロ」の存在、つまり同一者に対する「他者」、もしくは「差異」の存在である。すでに見たように、「ヘテロ」とは定立に対する他立である。他立は定立と矛盾せず、したがって定立を否定しない。差異を主張することは、同一性を否定するものではない。否定するのは、同一律が絶対であるという見方、それのみである。九鬼が拠って立とうとするのは、まさしくこうした「ヘテロ」の立場である。 

 わたしはヘーゲルに対置した新しい弁証法の理論を、正反合ではなく、複合と考えている。「正・反」・合ではなく、「複」・合と考えているのである。

 テーゼとアンチテーゼに対置する表現を探していたのだが、テーゼとヘテロテーゼは、その候補になるのではないかと思えたのである。

 九鬼周造全集第11巻を確かめてみて、わたしの予想は見当違いであることがわかった。九鬼周造は次のように述べていたからである。

いったい、先にも言ったように矛盾を生む否定はThesisに対してのみ規定されているだけで全く無規定のものである。Hegel の否定は bestimmte Negation であるから実は Negation ではなくて Limitation である。Thesis に対して Antithesis を立てたのではなくて、実は Heterothesis を立てたのである。即ちそこにあるのは実は矛盾ではなくて反対であるのである。(「講義 偶然性」)

 ヘーゲルの否定は規定的否定だから、否定( Negation )ではなく制限( Limitation )だといっている。ここで、制限とは、存在性と否定性とが統一されたものと理解しておけばよいと思われるが、九鬼は、ヘーゲル弁証法にあるのは、矛盾ではなく反対である、また、アンチテーゼではなくヘテロテーゼであると、主張していたのである。

 へテロテーゼという考えを知り、そこにわたしの考えを基礎づけようと思ったのだが、これは、幻想にすぎなかった。ようするに、ヘテロテーゼはわたしの弁証法ではなく、ヘーゲルの弁証法を特徴づけているのである。

 あらためて、「論理的なものの三側面」の定式を読み直せば、「弁証法的側面あるいは否定的理性の側面」には「反対の諸規定への移行」とあり、九鬼が指摘するように、ヘーゲルの場合、アンチテーゼではなく、へテロテーゼであると考えられる。

 ヘーゲル弁証法の正反合は、フィヒテの自我の三段階に対応させて名付けられている。フィヒテの場合は、自我に対する非我だから、テーゼに対してアンチテーゼである。しかし、ヘーゲルの正反合は、じっさいには、テーゼに対してヘテロテーゼであり、正・「反」・合ではなく、正・「他」・合だったといえよう。

 しかし、ヘーゲルは、相関関係(上と下、右と左など)、いいかえれば反対の関係において、直接に矛盾が現われると考えているから、矛盾と反対が混同される理由はあったといえるだろう。

 関係の諸規定においては矛盾は直接に現われる。上と下、右と左、父と子、その他無限に多くのきわめて卑俗な実例は、すべて自己の中に矛盾を蔵している。上とは下にあらざるものである。上という規定は、ただ下でないということにのみ存在する。そして前者は後者が存在する限りにおいてのみ存在する。また逆に、ひとつの規定の中にはその対立も含まれている。(『大論理学』)

 『ウィキペディア(Wikipedia)』の弁証法の「ヘーゲルの弁証法」の項には、ヘテロテーゼということばは書かれていないが、アンチとヘテロの並存として三段階が要約されている。

 ヘーゲルの弁証法は、ヘーゲル自らがそのように分類したわけでは決してないものの、しばしば以下の3つの段階に分けて説明される。 ある命題(テーゼ=正)と、それと矛盾する命題(アンチテーゼ=反)、もしくは、それを否定する反対の命題、そして、それらを本質的に統合した命題(ジンテーゼ=合)の3つである。

 このあと、「全てのものは己のうちに矛盾を含んでおり、それによって必然的に己と対立するものを生み出す」と続き、わたしの弁証法とはまったく異なるが、第二段階に矛盾する命題と反対の命題を位置づけていて、単純な正反合より、含みのある図式が提出してあるように思える。

 ふりだしにもどった。アンチでもなくへテロでもない、異なった接頭語を探さなければならない。

 複合論の二つのテーゼの関係は、一方から、矛盾や否定によって出現するものではなく、「独立なる二元」である。複合される二つのテーゼは、論理的な関係以前のものである。それはアンチでもなければ、ヘテロでもないのである。

 わたしは複合の二つのテーゼとして、次のようなものを想定している。

   1 ケプラーの惑星の法則とガリレイの落下の法則
   2 エールステッドの法則とファラデーの法則
   3 スピノザの規定論とカントの二律背反

 1 は、ニュートン力学として統一されたものである。2 は、マックスウェルの電磁波の方程式として統一されたものである。3 は、ヘーゲルの「論理的なものの三側面」として統一されたものである。

 例えば、ケプラーの惑星の法則は、ガリレイの落下の法則と矛盾するものでもなければ、反対の関係に立つものでもない。それは、はじめから論理的な関係に立っているものではなく、疎遠な関係にある二つのテーゼ(「論理的なもの」)なのである。ニュートンの頭の中で結び合わされることによって、はじめて論理的な「対当」が検討されていくテーゼなのである。矛盾、反対というような単一な関係ではなく、二つのテーゼのさまざまな側面に対して、さまざまな論理的な対当が現われてくるのである。

 わたしは、『もうひとつのパスカルの原理』(文芸社)のなかで、複素過程論を提起した。それは複合論の原型となっているものである。
 わたしは複素過程論を、「即非の論理」に対置して、「即傍の論理」と特徴づけた。

 すなわち、

     A is non A ,  therefore it is called A.

     A is by A' ,  therefore it is called A.

を対置した。 non  を by で置き換え、 by に、「そばに」・「〜によって」の意味を込めたのである。A は非Aであるから A ではなく、A は A' の傍らにあるから A なのである、という考えである。複合論は、この A と A' の関係を取りこむ必要がある。

  傍らに、並立していて、よく似ているが、違っていて、対立しているもの

 パラ para は、さまざまな意味を持つ接頭語である。しかし、基本的な意味は、parallel(平行・並行) に代表されるように、

   beside(傍らに)、 near(近くに)、 alongside(並んで)

にあると思われる。そして、その特殊な並び方として、

 beyond(超えた)、abnormal(異常な)、 subsidiary(補助的)、resembling(似ている)

などの意味が派生していると思われる。例えば、paranormal (超常的な)、paradox (パラドックス・逆説)、parameter (パラメータ・媒介変数)、paraphrase (パラフレーズ・言いかえる)、parasol (日傘)である。

 わたしは、複合の二つのテーゼとして、テーゼ thesis とパラテーゼ parathesis を考えたい。パラ para に、

  傍らに、並立していて、よく似ているが、違っていて、対立しているもの

という意味を込めるのである。

 ケプラーの惑星の法則とガリレイの落下の法則、エールステッドの法則とファラデーの法則、スピノザの規定論とカントの二律背反は、それぞれ、テーゼ thesis とパラテーゼ parathesis である。

 アンチは矛盾、ヘテロは反対という論理的な関係を背景にしている。これに対して、パラには、そのような背景はない。パラは論理的な関係以前の関係である。この関係を対掌と考えよう。掌とは、てのひらである。

 対掌とは、右手と左手との関係である。実物と鏡像の関係にあるが、現実には、重なり合わないものである。傍らに、並立していて、よく似ているが、違っていて、対立しているものの象徴として、右手と左手を考えるのである。

 アンチとへテロとパラの関係をまとめておこう。

   アンチ  anti     矛盾  「反」立 
   ヘテロ  hetero   反対  「他」立 
   パラ    para    対掌  「並」立 

 新しい弁証法は、選択されたテーゼ thesis とパラテーゼ parathesis から、はじまるのである。  

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3 ひらがな弁証法

 弁証法とは、対話をモデルとした思考方法で、対立物を統一する技術である。これが複合論の核心である。

 わたしは複合論を「あれとこれと」と特徴づけている。これは、ヘーゲル弁証法の「あれもこれも」とキルケゴールの弁証法の「あれかこれか」の「間」に位置づけているものである。

 「あれとこれと」

 先日、『ひらがな思考術』(関沢英彦著 ポプラ社 2005年)を読む機会があった。「ひらがなで考えてみないか」と勧めている本である。「あれとこれと」に続けて、新しい弁証法の理論(複合論)を「ひらがな」で表現してみようと思った。

 複合論は、共時的な構造と通時的な構造をもっている。どちらも、複素数をモデルにして、アルファベットで表現している。

 弁証法の共時的な構造とは、対話をモデルとした思考方法を表現したものである。「二個の主体」「媒介性と相補性」など中埜肇が対話の特徴としてあげた要素をアルファベットと矢印で表示し、選ばれたふたつの「論理的なもの」の自己表出と指示表出(中央にある bi + a と c + di)から、混成モメント(両側の a + di と c + bi) が形成される構造を表現している。

c bi + a di
+       +
bi c + di a

 弁証法の共時的構造は、ひらがなで、「ひらいて、むすんで」とあらわすことができる。

 他方、通時的な構造とは、認識における対立物の統一を表したものである。選択・混成・統一という三段階を表している。いわゆる正反合の図式に対置している構造である。A =a+bi と A' =c+di を、複素数の掛け算をモデルにして、B=x+yi として複合する過程を表現している。

1(選択) A =a+bi
A' =c+di
2(混成) A×A' =(a+bi)×(c+di)
≒(a+di)×(c+bi)
3(統一) =(ac−bd)+(ab+cd)i
=x+yi
=B

 弁証法の通時的構造は、「ふたつを、ひとつに」とあらわすことができる。

 複合論をひらがなで表現すれば、次のようになる。

   あれとこれと、
   ひらいて、むすんで、
   ふたつを、ひとつに、
   つなぐわざ。

      ひらがな弁証法

  
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4 新しい弁証法的精神

 『孤独な探究者の歩み 【評伝】若き黒田寛一』(高知聰、現代思潮新社、2001年)のなかに、思いがけない名前があった。

 関根克彦である。かれは東大自然弁証法研究会のメンバーで、1953−5年ころ黒田と付き合いがあったという。また、1956−7年には、客観主義の克服について、黒田と論争をしている。意外な接点に思われた。

 わたしはこれまで関根克彦をバシュラール『新しい科学的精神』(中央公論社、1976年)の訳者として、知っていた。この本は、くわしい訳註が付いていて、ありがたかった。

 例えば、「水素のスペクトル線の二重項は、それをすでにアルカリのスペクトル線において見出していたのでなかったら、それを求めはしなかったであろう。」と本文にあると、次のような註が、付いているのである。

 これは、アルカリ多重項の発見が機縁となって実験家が水素の微細構造の探索に向かった、という歴史的事情を指しているが、バシュラールのこの文章は、パスカルの有名な文章の言いかえである。「お前が私をすでに見出していたのでなかったら、お前は私を求めはしなかったであろう。」(『パンセ』第553節)

 わたしは、本文からも、訳註からも学んだものである。1970年代の後半から80年代のことである。

 単に、知っていただけではない。わたしは『新しい科学的精神』を引き継ぐものとして、複素過程論を構想していたのである。

 知の形成過程とは、これまでの認識ではとらえられていない対象を把握しようとする人間の認識過程のことである。これはクーンがパラダイムの変化を、ケストラーがマトリックスの廃棄と再統合を取り出してきた過程でもあるだろう。またバシュラールが認識の微分と名づけた過程でもある。ようするにだれもが着目したくなるような魅惑的な過程なのである。認識の微分過程とは「修正され、拡張され、補完される」ことを通じて科学的思考が少しずつ形成されていく過程を指している。知の形成過程は「未知の世界との境界線上」にあり、進むべき方向を模索している過程であると確認しておこう。(『もうひとつのパスカルの原理』第4章 形成過程の条件)

 黒田寛一と関根克彦に接点があるなどと、これまで考えてもみなかったので、『孤独な探究者の歩み』のなかに、関根克彦の名前をみて、驚いたのである。
 
 しかし、高知聰がとりあげている二人の論争をたどってみて、わたしは自分の姿を関根克彦に見る思いがした。いいかえれば、わたしの立場は、黒田ではなく、関根の立場の延長線上にあると思った。

 関根克彦は、次のように述べている。(図書新聞1957年3月23日号 『孤独な探究者の歩み 【評伝】若き黒田寛一』より)

 黒田氏のように、「とりくむべき現実はたんに対象的・客観的現実だけではない」そのほかに「人間的現実」がある、として、互いに同格の・ないしは切り離された・二種類の「現実」を云々することは誤りである。対象的・客観的現実と別のところに、それとかかわりをもたない閉じた「固有の」領域として、人間的「現実」なるものが成立すると考え、その「思弁的」把握が哲学であると考えるなら、それこそ、観念論的哲学以外のなにものでもない。
 人間的現実が現実であるのは、ただ、人間が対象的・客観的現実の立ちむかうかぎりにおいて、である。この意味で、とりくむべき現実は、ただ「対象的・客観的現実」でしかありえないのである。

 関根氏のこの姿勢は、わたしが黒田寛一の「対象認識と価値判断」に対して疑問をもち、「指示表出と自己表出」に変換しようとした姿勢に通じるものがあると思った。わたしは、『もうひとつのパスカルの原理』第3章 認識の場所的構造 で、次のように述べているのである。

 科学は客観的認識であるだろう。ただし、客観性は最初から、あるいはある特定の立場によって保証されているのではなく、「論証を通じて詳細に客観化の方法を明らかにすることによってしか到達できない」(『新しい科学的精神』バシュラール著・関根克彦訳)のである。それは社会科学だけでなく自然科学でも同じである。科学を客観的認識ととらえたうえで、黒田が「対象認識と価値判断」で表現しようとした実質を考えていかなければならないだろう。

 また、関根氏の姿勢は、バシュラールの科学思想と通じていると思う。バシュラールは、『新しい科学的精神』のなかで、次のように述べている。

 このようにして、研究室において追求される客観的省察は、われわれを漸進的な客観化のなかに投げこむのである。そこでは、同時に、新しい経験と新しい思考とが実現される。明晰で決定的な知識の総和を一挙に得ようとする主観的省察とはちがって、客観的省察は進歩そのものであり、補完の必要をいつも予想している。科学者はプログラムを持つことによって行きづまりを脱し、一日の仕事を終えるときこう言う、「明日、私は知るだろう。」と。毎日くりかえされるこの言葉は、彼の信念を言い表わしている。

 関根克彦が黒田との論争のなかで主張していたのは、「漸進的な客観化」だったのではないかと、わたしは考えるのである。

 『孤独な探究者の歩み』のなかの関根克彦の名前は、思いがけない発見だった。それは複素過程論を構想するまだ若かったわたしを思い出させてくれたのである。わたしは、自分では気づかないで、黒田と関根を並立させていたのである。

 ところで、「明日、私は知るだろう。」に、関根克彦は次のような註を付けている。

 モンテーニュの有名な言葉に、「私は何を知っているか?」(Que sais-je?)というのがある。モンテーニュのこの消極的な懐疑に、デカルトは積極的な、方法的な懐疑を対立させた。バシュラールはこのデカルトをさらに乗り越え、「新しい科学的精神」の「非デカルト的認識論」を提唱する。モンテーニュの疑問形を肯定形に変え、同時に現在形を未来形にした標語――「明日、私は知るだろう。」(Demain,je saurai.)は、バシュラールの立場を象徴するものといえるだろう。

 親切な註といえるだろう。

 複合論は、矛盾と止揚ではなく、対話と止揚を主題としている。それは、非ヘーゲル的弁証法である。バシュラールに倣って、新しい弁証法的精神の標語を提出しておこう。その標語とは次のものである。

     「明日、私はつなぐだろう。」(Demain,j'unirai.)

 これは、わたしの信念を言い表わしているのである。

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5 「対立物の相互浸透」のゆくえ

 唯物弁証法の三つの法則のうち、対立物の相互浸透は、複合論に関連しているのではないだろうか。二つの対立物(「論理的なもの」)の複合の過程は、選択・混成・統一の三段階をもっているが、このなかで、混成の段階は「対立物の相互浸透」と特徴づけてよいのではないだろうか。このように思いはじめた。

 二つの「論理的なもの」の自己表出と指示表出( a + bi と c + di)から、混成モメント( a + di と c + bi) が形成される過程は、「対立物の相互浸透」と考えてもいいのではないかと思えてきたのである。

 混成は対立物の相互浸透である。

 唯物弁証法において対立物の相互浸透がどのように捉えられてきたかをみていこうと思い、いくつかあたっていた。『『自然の弁証法』――エンゲルスの足跡をたどる』(不破哲三著、新日本出版社、1988年)のなかに引用されていた毛沢東の「哲学の問題についての講話」に目が止まった。そのなかで毛沢東は、エンゲルスの三つの法則に対して違和感を述べていたのである。

 エンゲルスは三つの範疇について話したが、わたしはそのうちの二つの範疇については信じていない。……質と量の相互転化、否定の否定を対立の統一の法則と併行的に並列させることは、三元論であって一元論ではない。対立の統一こそがもっとも根本的なのである。質と量の相互転化は量と質の対立の統一である。否定の否定などというものはない。

 いくつかの思いが浮かんでくる。

 1 「対立物の相互浸透」がない。三つの範疇とは三つの法則のことだろう。「質と量の相互転化」・「否定の否定」はあるが、「対立物の相互浸透」はないのである。「対立物の相互浸透」は「対立の統一」となっている。唯物弁証法では「対立の統一」とは「矛盾」のことである。「対立物の相互浸透」は「対立の統一」なのだろうか。違うのだろうか。いずれにしても、「対立物の相互浸透」ということばは使われていないのである。

 2  「三つの範疇」の信じ方の根拠がわからない。なぜなら、もともと三大法則は一元論として考えられていたのではないかと思うからである。毛沢東はエンゲルスが三つの法則を並列させたと考えている。三つの法則を三元論と考えている。しかし、わたしは、エンゲルスは、三つの法則を、「質と量の相互転化」・「対立物の相互浸透」・「否定の否定」の順序で直列させていたのではないかと考えていた。一元論として考えていたのである。

 3  とくに「否定の否定」を拒否するのはどういうことだろうか。なぜなら、否定の否定と矛盾による発展はエンゲルスにとっては同じことだと考えられていたと思うからである。エンゲルスを見ておこう。

 全体のつながりに関する科学としての弁証法。主法則は、量と質との転化――両極的な対立物の相互浸透と頂点にまで押しやられた際の相互の間の転化――矛盾による発展或は否定の否定――発展の螺旋的な形式。

 おそらく、毛沢東は否定の否定を、エンゲルスが言っていたような矛盾による発展と考えるのでなく、レーニンが弁証法の要素としてあげた「低い段階の一定の特徴、性質、等々の高い段階における反復」や「古いものへの外見上の復帰」を「否定の否定」と考えたのではないかと思われる。反復や復帰では、たしかに法則としては考えにくい。

 4 毛沢東の並列的な理解は、唯物弁証法の内部でも特異な見解だと思われる。しかし、この並列の考え方は、わたしにとっては心強いのである。エンゲルスの三法則に対する否定の仕方が、わたしと同じだからである。わたしもまた、「質と量の相互転化」・「否定の否定」を否定し、「対立の相互浸透」だけを肯定しているのである。

 しかし、わたしは、対話の弁証法に無関係だから「質と量の相互転化」を否定し、矛盾の論理だから「否定の否定」を否定するのである。
 また、「対立物の相互浸透」を肯定するが、矛盾としてではなく、対話として捉えるところが違っている。複合論では「対立物の相互浸透」と「対立の統一」は違っている。複合論の「対立の統一」は、矛盾ではなく止揚である。

 毛沢東の「講話」に、エンゲルスの「対立物の相互浸透」はなかった。同じようにレーニンの『哲学ノート』にも「対立物の相互浸透」ということばは見当たらないのである。

 レーニンは『哲学ノート』で、主要法則としてではないが、弁証法の諸要素として、16の要素を数えあげている。「量と質」、「否定の否定」はあるが、「対立物の相互浸透」はないのである。

 「対立物の相互浸透」ということばは見当たらないが、関連するのは、6、9、12、15だろう。特に12の「並存から因果性へ、そして連関と相互依存との一つの形式から他のいっそう深い、いっそう普遍的な形式へ」は対立物の相互浸透の魅力的な定式にみえる。

 「対立物の相互浸透」は、どこへ行ったのだろう。

 不破哲三は、『『自然の弁証法』――エンゲルスの足跡をたどる』のなかで、エンゲルスが『自然の弁証法』でノートした弁証法の三つの法則は、固定的なものではないことを主張している。また、唯物弁証法そのものも、不確定で流動的であると考えている。

 なお、弁証法の法則のエンゲルスによる定式についていえば、エンゲルス自身、さきのプランでは、主要法則として、四つの内容をあげていた。この手稿では、それを三つにしぼっているが、それも、「だいたいにおいて三つの法則に帰着する」と多少幅のある言い方をしている。いずれにしても、弁証法の諸法則については、どれだけのものを「主要法則」とみなすのかという点でも、それぞれの内容の定式化の点でもここでの展開を固定した到達点として扱うのは、妥当ではないだろう。レーニンは、論文『カール・マルクス』や『哲学ノート』で、弁証法の諸要素について多面的な探究をやっている。この点で、レーニンとは反対に、弁証法の単純化をもっとも極端までおしすすめ、最後には、エンゲルスが三つの法則をあげたことまで「多すぎる」といって批判し、弁証法を矛盾の法則一本に帰着させるにいたったのが、毛沢東である。

 毛沢東の「講話」は、これに付いていたものである。

 エンゲルスは、弁証法の法則の一つとして「対立物の相互浸透」という考え方を提示した。プランの「両極的な対立物の相互浸透と頂点にまで押しやられた際の相互の間の転化」が「対立物の相互浸透」の始まりである。手稿では、次のようになっている。

これら諸法則は主要な点からすれば三つのものに帰着する。すなわち、
  量から質への転化、およびその逆の法則
  対立物の浸透の法則、
  否定の否定の法則。
 この三者全部はヘーゲルによって彼の観念論的なやり方で単なる思考法則として展開されている。すなわち第一番目の法則は彼の『論理学』第一部、有論、のうちで。第二番目の法則は彼の『論理学』の格段に最も重要な第二部、本質論の全体を占めている。最後に第三番目の法則は全体系の構築に対する基本法則として現われている。

 プランの「相互の間の転化」が消えている。また「相互浸透」の「相互」がなくなり、「対立物の浸透」になっている。「矛盾による発展」が削られ、「否定の否定」だけになっている。「発展の螺旋的な形式」が抜けている。プランの記述より、三つの法則の独立性が強く印象づけられる。プランが直列なら手稿は並列の印象である。
 ヘーゲル論理学と対応させることによって、三つの法則の関連のアウトラインを示している。すなわち、量と質の転化は有論の「移行の論理」に、対立物の相互浸透は本質論の「反省の論理」に、また「否定の否定」は概念論の「発展の論理」にそれぞれ対応していると想定している。

 20世紀に弁証法は多面化と単純化の二つの方向に分枝したが、いずれの場合も、「対立物の相互浸透」ということばは見当らないのである。レーニンも毛沢東も「対立物の相互浸透」ということばを使っていないのである。

 毛沢東は対立物の相互浸透を対立の統一と考えていた。対立物の相互浸透と対立物の統一を同じと考えるのは、毛沢東だけではなかった。許萬元は『弁証法の理論』で次のように述べている。

 周知のように、エンゲルスは弁証法の根本法則として三大法則をあげた。第一法則は量から質への転化の(またはその逆の転化の)法則であり、第二法則は対立物の相互浸透の法則であり、第三法則は否定の否定の法則である。このうち、第二法則が一般に「対立物の統一の法則」として呼びならされている法則であることはいうまでもない。エンゲルスはあの三大法則をヘーゲル『論理学』から抽出したのであるが、しかしそれらの三大法則間の連関の問題にたちいる機会をもたず、ただ三法則の客観的実在性を示すために自然や社会から多くの例証を試みるにとどまった。その後、三法則の連関を説く多くの弁証法論者たちは、レーニン的段階の名のもとに「対立物の統一の法則」をもっとも重視し、三法則の連関をそれによって説こうと試みた。つまり、量と質の法則も否定の否定の法則も「対立物の統一の法則」の一例だというわけである。こうした見解は今日にいたってもなお多く見うけられるのである。だが、これによっては、実際には、三法則が統一的に把握されるかわりに、むしろ「対立物の統一の法則」以外の他の二法則が根本法則から除外されるという結果となる。なぜなら、それらは矛盾の単なる例証と化せられるからである。

 許萬元は〈第二法則が一般に「対立物の統一の法則」として呼びならされている法則〉だといっているのである。許萬元は「対立物の統一の法則」を唯一の核心的法則として見る見方、すなわち「対立物の統一の法則」以外の他の二法則を根本法則から除外する方向に否定的である。しかし、かれは「対立物の相互浸透」と「対立の統一」を同一視することには疑問をもっていない。
 
 許萬元はマルクス主義のなかにあっては異端である。しかし、正統派と同じように、「対立物の相互浸透」と「対立の統一」を同一視しているのである。

 いったい、唯物弁証法では「対立物の相互浸透」はどうなっているのだろうか。「対立の統一」へと格上げになっているのだろうか。それとも「対立の統一」の下に見捨てられ、無視されているのだろうか。

 もし格上げになっているのなら、それは矛盾の論理としてである。わたしはそれを対話の論理として変換していくだろう。もし見捨てられているのなら、「対立物の相互浸透」を拾い上げ、対話の論理として鍛えていくだろう。

 「対立物の相互浸透」はヘーゲル弁証法の合理的核心である。それは「反省の論理」にもとづいた法則である。また、「対立物の相互浸透」は唯物弁証法の合理的核心でもあるだろう。唯物弁証法はヘーゲル弁証法の合理的核心をつかまえてはいないのである。 

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6 弁証法の理想型と現実型

 中埜肇は、弁証法を考察するさいに、理想型と現実型を区別した。(『弁証法』)

 弁証法の理想型とは、弁証法の語源である「対話」を、言語的・歴史的な起源としてだけでなく、本質的な始元・意味内容の原点としてとらえたもので、「対話をモデルとした思考」・「対話的思考」のことである。

 これに対して、弁証法の現実型とは、歴史に現れたさまざまな形態の弁証法のことである。

 複合論は、中埜肇の弁証法を引き継ぐものである。しかし、わたしの考える理想型は中埜とは違っている。

 中埜肇は対話の特徴として「二個の主体」を挙げたが、弁証法の構造的な特徴を整理するとき、「二個の主体」を捨てている。このために、中埜の理想型は対話的思考として十分に展開されず、ヘーゲルの正・反・合という三つ組(トリアーデ)形式と結びついてしまった。

 これは中埜肇の理想型の核心にある考えである。というのは、弁証法の歴史を概観して、弁証法とトリアーデは、歴史的には必然的・本質的な連関はないと強調する一方で、次のようにも述べているからである。

 「弁証法」ということばと正・反・合という三つ組(トリアーデ)形式とは歴史的にはヘーゲルにおいて初めて結びつくことになる。(ただし第一章で述べたように、対話の思想的構造を分析すれば、その本質上トリアーデ形式が必然的に導き出される。だからヘーゲル以前の弁証法の諸形態のなかで、「弁証法」がトリアーデと結びつけて考えられなかったことのほうがむしろ不思議なことだと言われなくもない。)

 わたしが考える弁証法の理想型は、「二個の主体」を弁証法の構造的特徴として取り入れたものである。

  弁証法試論 第5章 対立物の統一と対話 3対話をモデルとした思考方法

 理想型の内容は中埜肇のものとは違っている。それだけではない。弁証法の理想型と現実型の関係も違っているのである。

 中埜肇が取り上げた弁証法の現実型には、次のようなものがある(引用してある哲学事典を基にして作成)。

 中埜肇は、理想型と現実型の関係を次のように述べている。

 このような理想型がそのままのかたちで思想の歴史に登場したことはない。たとえば前に挙げた哲学事典に記されたさまざまの弁証法は、思想の歴史のなかに実際に登場したものであるが、それらはすべてここに私が構想した理想型から派生した誘導体である。あるいはこの理想型をテーマ旋律として、これにさまざまの作曲技法を加えることによってできあがった変奏曲であるということもできよう。しかもそこで加えられた技法がきわめて複雑なために、変奏曲のなかにはもとのテーマ旋律との間の共通性や関連性を疑わせるほどテーマから離れてしまったものも現実にはいくつか登場した。しかし詳細に見れば、どんなに奇妙な変奏曲のなかにもテーマは何らかのかたちで響いているはずである。

 弁証法の現実型は理想型から派生した誘導体であり、理想型をテーマ旋律とした変奏曲だと言っている。いいかえれば、すべての現実型には理想型が内在していると想定している。

 これに対して、わたしは、すべての現実型とは別の場所に理想型があると考える。すなわち、理想型がそのままのかたちで思想の歴史に登場したことはないという想定は中埜と同じだが、理想型はすべての現実型の外に存在していると考えているところが違っている。

 弁証法という曲名で奏でられてきたさまざまな旋律。反駁、流転、問答、詭弁、分割の方法、イデアへの道、蓋然的な推論、論理学、仮象の論理、正反合、選択、一般的運動法則についての科学。これらはすべて弁証法の誤った旋律である。誤ったという形容が極端なら、あいまいな旋律である。人類は、2500年の試行錯誤の後に、テーマ旋律(「対話をモデルとした思考方法」)を発見したのではないかとわたしは考えているのである。

 理想型はもともと存在していたのではなく、20世紀になって初めて発見されたのである。「変奏曲のなかにはもとのテーマ旋律との間の共通性や関連性を疑わせるほどテーマから離れてしまったものも現実にはいくつか登場した」のではなく、もともとテーマ旋律は存在しなかったのである。存在したのは、弁証法ということばとそれぞれに固有の旋律だけである。

 弁証法といえば、ヘラクレイトスの「万物流転」である。しかし、この連想は、ヘーゲルとマルクス主義によってもたらされたもので、たかだか、19世紀以降の現象にすぎないのではないと述べたことがある。

    弁証法のイメージ

 実際、アリストテレスは、ヘラクレイトスではなく、ゼノンの帰謬法(背理法)を指して、弁証法の始まりを見ているのである。

 おそらく、これまでの歴史をつらぬく弁証法の普遍的なイメージは「論理学」である。

 沢田允茂によれば、始まりは、次のようである。

 アリストテレス以前、すでにエレア学派やプラトンにおいて論理は論理学という独立した学問としてではなくて、たがいに敵対する論者が相手の議論を論破するという具体的な状況のなかでの技術として用いられた。このような技術がlogic とよばれないで、dialecticsとよばれたのもこの故である。(「哲学と論理学」岩波講座哲学 10 論理 所収)

 中世から近世では、次のようである。

 もちろんロジックという名前でよばれるようになったのは13世紀ごろになってであって、それまでは、アリストテレスでは、すべての学問のための道具 organon と呼ばれ、ストア学派では弁証法 dialectic すなわち対話論争の技術や方法を意味することばで呼ばれている。16世紀になるとふたたび「論理学」(ロジック)にかわって「弁証法」(ディアレクテイク)という名称が優勢となり、17世紀には、また「論理学」という名称が一般的になっている。(『現代論理学入門』)

 沢田允茂は、アリストテレス的形式論理学に対して、三種類の反動があったという。一つは、経験科学的な反動である。すなわち、ベーコンにおいて、アリストテレスでは不完全な形のままに残されていた帰納的推論が「新しい道具」として提出される。二つめは、幾何学・代数学からの反動である。すなわち、形式論理学よりもはるかに形式化が進んでいた数学の方法を取り入れることによって、論理そのものの形式化をより推し進めていこうとする試みである。三つめは、認識論的・形而上学的な反動である。すなわち、形式論理学の形式性そのものに対する懐疑から出発するカントの先験的論理学やヘーゲルの弁証法的論理学の試みである。(『現代論理学入門』参照)

 このような三つの試みは、科学、論理学、弁証法を掘り下げていくことになった。そして、20世紀になって、弁証法と論理学の分離を明確にしたのである。沢田允茂は次のように述べている。

 形式論理学は現実の生成変化を否定するどころか、それを十分に表現できる。弁証法と形式論理学とはその意味で矛盾するものでもなければ対立するものでもない。弁証法の重要さは形式論理学にとって代わるような領域にあるのではなくて、形式論理学とはまったく別の問題に関係しているものである。(『現代論理学入門』)

 20世紀になって、弁証法は論理学から解放されたのである。そして、自由になった場所に「対話」が甦る。プラトンが『国家』で作った「弁証法」(ディアレクティケー)に見合う固有の領域が見いだされたのである。

 古代ギリシアの dialectics は、理想型の対話でもなければ、理想型の弁証法でもない。この意味では中埜肇の次のような指摘は正しいといえるだろう。

 しかし私はこういうソクラテス的な問答が真の対話であるとは考えない。何となればこの問答では知識探究の主体はつねに問うほうの側にあって、答える側は問う側の信念を確認するか、せいぜい自分の知と無知とを悟らせられるにすぎず、両者はけっして平等に真理探究に参加しているとは言えないからである。それが証拠に答える側の発言内容は原則として「イエス」と「ノー」に限られ、内容を持った主張にはなっていないのである。ところが「対話」とは先にも述べたように、平等な権利と資格とを持った二人の語り手の、対立した内容を持った主張の動的な関わり合いである。だからつきつめて考えれば、ソクラテスの「問答」は本質的にはまだ「論駁」(エレンコス)という、いわば技術的な段階にとどまっており、学問の方法として自覚された弁証法ではなかったと言えよう。(『弁証法』)

 弁証法の理想型と現実型。弁証法の現実型のリストに、複合論を付け加えておこう。

   13 対話をモデルとした思考方法で、対立を統一する技術(喜一郎)

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