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 補論10 ラボアジェの燃焼理論と唯物弁証法

 エンゲルスは、ヘーゲル弁証法と合理的弁証法の関係を、燃焼理論におけるフロギストン説とラボアジェ説の関係で説明している。エンゲルスはラボアジェ説に合理的弁証法を見ているのである。しかし、歴史のなかでラボアジェ説を検討してみると、それは「燃素」(フロギストン)とは異なるが「熱素」という「実体」と不可分な理論であることがわかる。エンゲルスが『反デューリング論』で示したヘーゲル弁証法と合理的弁証法の対応を利用して、唯物弁証法に対する複合論の違いを明確する。

目次

  はじめに

  1 エンゲルスの説明

  2 歴史のなかのラボアジェ

  3 ラボアジェと唯物弁証法

はじめに

 エンゲルスはラボアジェの燃焼理論を2つの異なった観点から取り上げている。一つは剰余価値の真の発見者がマルクスであることの説明としてである。これは『資本論』第2巻の序文(1885年)で述べているもので、剰余価値説におけるマルクスの位置を、燃焼理論の歴史におけるラボアジェと対応させるものである。エンゲルスは、次のような指摘をしている。

 剰余価値説におけるマルクスとその先行者の関係が、燃焼理論において、ラボアジェとプリーストリ・シェーレの関係に対応していること。

 また、剰余価値をきっかけにして資本主義的生産を研究したマルクスが、酸素を手がかりとして撚素説化学の諸範疇を吟味したラボアジェに対応していること。

 エンゲルスが要約しているラボアジェの燃焼理論は次のようなものである。

 周知のように、前世紀末にはまだ撚素説が支配的で、それによれば、すべて燃焼の本質は、燃焼体から他の仮説的物体、すなわち燃素という名で呼ばれた絶対的可燃元素が分離するということにあった。この学説は、時にはこじつけもあったが、当時知られていた化学現象の大部分を説明するに足りた。ところで、一七七四年に、プリーストリが一種の気体を析出して、「それに較べれば、普通の空気もすでに不純に見えたほどに、それが純粋であるのを、すなわち撚素を混じていないのを見出した」。彼はそれを脱撚素気体と名づけた。その後まもなく、スウェ−デンのシェーレが同じ気体を析出して、それが大気中に存在することを証明した。彼はまた、その気体、または普通の空気の中で物体を燃やせば、その気体が消滅することをも見出して、これを火気体と名づけた。「そこで、これらの結果から彼の引出した結論は、燃素が空気の成分の一つと結合する際に」{すなわち燃焼の際に}「生ずる化合物は、火または熱にほかならず、それがガラスを通して逃げるのである、ということだった。」
 プリーストリもシェーレも酸素を析出したのであるが、しかし、自分たちが手にしたものが何であるかを知らなかった。彼らは「彼らの眼前にあった」燃素説の「諸範疇に囚われたままだった」。全燃素観念を覆して化学を革命するはずの元素も、彼らの手中では、実を結ぶことなく終わった。しかし、プリーストリは、自分の発見を、その後すぐにパリでラヴォアジェに伝え、そこでラヴォアジェは、この新たな事実を手掛りとして、全燃素化学を研究し、そこで初めて、かの新たな気体が新たな化学元素であること、燃焼においては、不可解な燃素が燃焼体から出ていくのではなく、この新たな元素が燃焼体と化合するのであることを発見し、かくして、その燃素説形態では頭で立っていた全化学を、初めて脚で立つようにしたのである。そして彼は、彼が後に主張しているように、前二者と同時に、彼らから独立に、酸素を析出したのではないにしても、しかもなお、ただ酸素を析出したにとどまり自分の析出したものが何であるかには感づきもしなかった前二者に比すれば、依然として酸素の真の発見者なのである。(マルクス『資本論(4)』エンゲルス編 向坂逸郎訳 岩波文庫 1969年)

 このエンゲルスは、前から知っていた。「弁証法試論」の第2章「認識の表出論とバイソシエーション」のなかで、「脱フロギストン気体」というプリーストリの指示表出と自己表出を排除し、「酸素」という新しい指示表出と自己表出を作りあげたのが、ラボアジェの発見であるという見解を示したとき、背景にしていたものである。

 エンゲルスがラボアジェの燃焼理論を取り上げるもう一つの観点は、ヘーゲル弁証法をひっくり返した合理的弁証法の説明としてである。これは上の引用にある「その燃素説形態では頭で立っていた全化学を、初めて脚で立つようにした」と関連している。

 実をいうと、この観点は知らなかった。正確にいえば、記憶になかった。

 しばらく前に、三浦つとむの『弁証法はどういう科学か』第2章「弁証法はどのように研究されてきたのか」の扉に、次のようなエンゲルスが引用してあるのに気づいたのである。

 熱素説の力学的熱理論に対する、フロギストン説のラヴォアジェ説に対する関係とちょうど同じものが、ヘーゲル弁証法の合理的弁証法に対する関係である。

 なじんでいるエンゲルスとはどこかずれていると思った。また、エンゲルスがヘーゲル弁証法の合理的核心の把握について取り上げていたことに驚いた。そして、わたしだけが知らなかったのではないかという思いがして、あわてた。ヘーゲル弁証法の合理的核心の把握を試みる場合の、基礎知識と思われたからである。

 出典は書いてなかった。どこにあるのか見当をつけて、『反デューリング論(1)』にあると確認した。そのページ(わたしがもっているのは、国民文庫 村田陽一訳 1973年5月31日発行第18刷 定価300円)には折り目がついていたので、はじめての見解ではなかったのである。しかし、まったく忘れていた。

 熱素説と力学的熱理論、フロギストン説とラボアジェ説。エンゲルスは独立したものとして、2つの例を挙げている。ヘーゲル弁証法は熱素説、合理的弁証法は力学的熱理論である。また、ヘーゲル弁証法はフロギストン説であり、合理的弁証法はラボアジェ説である。ここにエンゲルスがどのようにヘーゲル弁証法を見ていたのか、またどのように合理的核心を見ようとしていたのか確認することができる。

 しかし、エンゲルスが独立なものとしてあげている熱素説とラボアジェ説を複合したところに歴史上のラボアジェの燃焼理論はあったのではないだろうか。いいかえれば、熱素説とラボアジェ説は関係があったのではないだろうか。これが始まりだった。

 三浦つとむの『弁証法はどういう科学か』のなかで、このエンゲルスを発見したことが重要なものに思えてきた。三浦つとむは、おそらく肯定的にこのエンゲルスを引用しただろう。

 エンゲルスが示したヘーゲル弁証法と合理的弁証法の対応を利用して、唯物弁証法に対する複合論の立場を明確にしておこうと思うようになった。歴史上のラボアジェの燃焼理論と唯物弁証法とを対応させれば、この課題は可能ではないかと思われた。

 エンゲルスが示した弁証法とラボアジェ説の対応の意味を、歴史上のラボアジェの燃焼理論を導入することによって、換えてしまうのである。すなわち、エンゲルスが「ラボアジェの燃焼理論」に見ているものは、合理的な弁証法である。しかし、わたしは、「ラボアジェの燃焼理論」に、唯物弁証法は合理的弁証法への過渡的な形態であるという意味を込めようと思うのである。

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1 エンゲルスの説明

 エンゲルスの対応をくわしく見ておくことにする。エンゲルスは『反デューリング論』のなかで、まず、マルクスのヘーゲル弁証法に対する指摘を確認している。

 ヘーゲルにあっては、彼の体系のその他すべての部門でそうであるように、弁証法においても、いっさいの現実の連関の逆立ちが見られる。しかし、マルクスが言っているように、「弁証法がへ−ゲルの手中で神秘化されているにしても、ヘーゲルが、弁証法の一般的な運動諸形態をはじめて包括的かつ意識的な仕方で叙述したということには、なんらの変わりもない。弁証法は彼にあっては逆立ちしている。神秘的な外被のうちにある合理的な核心を見いだすためには、それをひっくりかえさなけれはならない」。

 次に、エンゲルスは、自然科学にも現実の関係が逆立ちしたものがあると指摘し、物理学(熱理論)の例を挙げている。

 だが、自然科学そのものでも、現実の関係を逆立ちさせ、映像を原形ととりちがえているような理論、したがって、上述したようなひっくりかえしをやる必要のある理論に、われわれはじつにしばしばぶつかるのである。そういう理論がかなりに長い期間にわたって通用している場合も、じつにしばしばある。熱が、ほとんど二世紀ものあいだ通常の物質の一つの運動形態とは考えられずに、ある特殊な、神秘的な物質と見なされていたのは、まさしくそういう場合であった。そして、力学的熱論がそれのひっくりかえしをやってのけた。それにもかかわらず、熱素説に支配されていた物理学は、一連のきわめて重要な熱の法則を発見し、とくに〔J−B−J〕フーリエとサディ・カルノとの手で、正しい見解への道を切りひらいたのであって、ついで今度はこの正しい見解が、それに先行する見解によって発見された諸法則をひっくりかえして、自分自身のことばに翻訳しなければならなかった。

 そして次にエンゲルスは、化学(燃焼理論)の例を挙げる。

同様に、化学においても、フロジストン説が百年にわたる実験的な仕事によってまず材料を提供し、そして、その助けをかりてラヴォアジエが、プリーストリによって製出された酸素において、空想的なフロジストンの実在的な対極を発見し、それによってフロジストン説の全体をくつがえすことができたのである。けれども、それだからといって、フロジストン説の実験成果が排除されたわけではけっしてない。その反対である。それらは依然として存続したのであって、ただその定式化がひっくりかえされ、フロジストン説のことばから、現在通用している化学のことばに翻訳されただけであり、そのかぎりでひきつづきその妥当性をたもったのである。

 このように見たあと、エンゲルスは次のように要約している。これを三浦つとむは引用したのである。

 熱素説の力学的熱理論に対する、フロジストン説のラヴォアジェ説に対する関係とちょうど同じものが、ヘーゲル弁証法の合理的弁証法に対する関係である。

 エンゲルスが示したヘーゲル弁証法と合理的弁証法との関係を、次のような表にまとめておこう。

     ヘーゲル弁証法  合理的弁証法 
 熱理論  熱素説  力学的熱理論 
 燃焼理論  フロギストン説  ラボアジェ説 

 表の左側から右側への方向が合理的な方向である。ここには問題がない。熱理論の歴史からいえば、ヘーゲル弁証法は熱素説、合理的弁証法は力学的熱理論である。燃焼理論の歴史からいえば、ヘーゲル弁証法はフロギストン説(撚素説)、唯物弁証法はラボアジェ説(酸化理論)である。

 この箇所は注釈によると、1878年に執筆されたということである。すでにラボアジェは、現在と同じレベルで整理されていることがわかる。すなわち、ラボアジェの燃焼理論(酸化)はフロギストン(撚素)とも熱素とも無関係に、酸素との結合として想定されている。いいかえれば、歴史上のラボアジェ説がフロギストン(撚素)の排除と熱素の導入を表裏一体として提起されてたことが見えなくなっているのである。

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2 歴史のなかのラボアジェ

 歴史上のラボアジェの燃焼理論について確認しておこう。

 山本義隆は、『熱学思想の史的展開』(現代数学社 1987年)のなかで、化学に革命をもたらしたラボアジェに対する評価――酸化理論を「主たる貢献」、熱素の導入を「主要な過失」に割り振るような二分する評価に反対して、次のように述べている。

 しかしそのような――非弁証法的な――捉え方は、ラボアジェ理論の実相を見誤らせるものである。彼の理論形成にとって、「撚素(Phiogiston)」の追放と「熱素(calorique)」の導入は表裏一体であり、かれは「熱素」を導入することによってはじめて「撚素」を追放することができたのである。
 ラボアジェの化学をそれまでの化学と分かつものは、もっぱら彼のなしとげた「統合」にある。実際彼は、とりわけ重要な化学物質を発見したわけではないし、また画期的な実験方法を考案したともいえぬ。酸素も水素も炭酸ガスもラボアジェ以外の手で見出されたし、彼の実験も多くはイギリスのライバルの模倣である。そのためラボアジェには、剽窃という芳しくない噂がいくつか付き纏っている。しかし彼自身はそうは思っていなかったであろう。というのも、彼はそれらの個別事実を新しい枠組みの中で捉え、したがってそれまでとは異なる意味を与えたからである。ラボアジェは、いうならば先人の手で得られバラバラに放置されていたジグゾーパズルのピースを、隙なく無駄なく巧妙に組み合わせて一枚の秩序だった絵を完成したのだ。そこにこそ、彼の真の功績はあった。
 このようにラボアジェは、はやくから化学を諸事実の単なる寄せ集めを越える合理的科学たらしめようと明確に意図していた。とするならば、彼の導入した「熱素」もまた、理論の不可欠の要素として全体の中にしかるべく位置づけられているはずのものであろう。彼の理論の完成後に書かれた主著『化学原論(1789年)』や、あるいはラボアジェ学派全体の手になる『化学命名法(1787)』において、「単体表」に《元素》として酸素・水素・窒素と並んで「光(lumière)」と「熱素(calorique)」が挙げられているのは、それ相応の根拠のあることなのだ。
  『化学原論』(1789年)の単体表

 ラボアジェの燃焼理論は、「フロギストン」を排除した。しかし、それは「熱素」を導入することによってはじめて可能になったのである。

 熱素理論はそれが導入された18世紀後半、そして19世紀の前半までは、「合理的」だったのである。例えば、「熱運動論」から「熱素説」への転向がある。

 つまり、その熱素理論が燃焼=酸化理論を生み出したことは、気体化学への関心を通して気体の熱理論への関心を高めるとともに、化学の新理論の承認と抱き合わせに熱素説の承認を促すことになった。たとえば、有名な熱運動論者であったフルクロアは1784-6年の間に熱素説に転向しているが、それは彼がラボアジェの燃焼理論を受け入れたのとほとんど同時期であった。

 現代からみれば、フルクロアは正しい熱運動論から誤った熱素説に転向したことになる。しかし、その当時には、「熱素」は単一の整合的な体系の不可欠の構成要素として「合理」的なものだったのである。ラプラスやポアソンもまた熱素説の支持者である。

 「熱素説」と「熱運動論」(力学的運動論)との力関係は、半世紀のあいだ(19世紀前半まで)、圧倒的に「熱素説」が優位だったのである。山本義隆によれば、次のようである。

 実際には、ラムフォードの「熱運動論」はきわめて素朴な前理論的レベルにあったのにひきかえ、熱素説はいくつかの熱現象の定量的説明に成功し、また、「運動論」からの批判に対処しうるだけの融通性と一貫性を備えていた。決定的なことは、熱素説が、単に個別現象に対する説明能力に優れているばかりか、熱量保存則を指導原理とし独自の概念構造を有した一個の理論体系をすでに形成していたことであり、それは、別個のより包括的な体系によって取り代えられない限り、生命を維持し続けるということである。
 ラムフォードの実験のような個別的反証は、熱素説の中に取り込まれることはあっても、それだけではけっして熱素説の理論体系そのものを突き崩し葬り去る力を持っていない。

 ようするに、歴史的に見れば、ラボアジェの燃焼理論は熱素説の上に築かれ、その熱素説は、合理的なものとして大多数の人々によって支えられていたのである。

 「熱素説」と「熱運動論」に逆転が起こり始めるのは、1840年代の後半からである。

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3 ラボアジェと唯物弁証法

 エンゲルスが独立なものとして捉えている熱理論と燃焼理論を混成して、歴史上のラボアジェ説を確認した。

 山本義隆は次のように述べている。

 畢竟ラボアジェはシュタールの燃素を追放したのではなく、その位置と役割を転倒させたにすぎず、その「転倒された燃素」こそ「熱素」に他ならない。したがってまた彼の熱素は、シュタールが〈火〉と〈空気〉に与えた役割とシュタールの「燃素」の機能を併せ持つ。つまり、ラボアジェの燃焼理論にとって熱素は不可欠の位置を占めているのであり、熱素の導入によってはじめてシュタールのフロギストン理論の克服が可能になったといえよう。

 「ラボアジェ説」は「熱素説」の上に成立しているのだから、「熱素説」は表の左側にも右側にもあることになる。また、ラボアジェ説は表の左側だけでなく、右側にもあることになる。「熱素説」や「ラボアジェ説」は神秘的でもあり、合理的でもある。また、頭で立っているかと思えば、足でも立っているのである。

 わたしは、唯物弁証法はヘーゲル弁証法の合理的核心を把握しておらず、合理的弁証法への過渡的な形式ではないかと考えている。唯物弁証法と歴史上のラボアジェの燃焼理論を重ねてみると、ラボアジェの燃焼理論の過渡性と唯物弁証法の過渡性が対応して、一つの図式が出来あがる。

     ヘーゲル弁証法  唯物弁証法  合理的弁証法 
 燃焼理論  フロギストン説  ラボアジェ説  酸化説 

 撚素や熱素は「矛盾」に対応していると見ることができるだろう。ラボアジェがシュタールの燃素の位置と役割を転倒するために、「熱素」を導入したのと同じように、マルクス主義は、ヘーゲルの神秘的な「矛盾」の位置と役割を転倒するために、合理的な「矛盾」を導入したことになるのではないだろうか。

 唯物弁証法のヘーゲル弁証法に対する関係は、燃焼理論におけるラボアジェ説のフロギストン説との関係である。

 このように対応させると、わたしは科学の歴史を踏まえて、唯物弁証法に対する姿勢を次のように表現できる。これが主張したかったことである。

 燃焼理論において、撚素や熱素が歴史のエビソートになったのと同じように、弁証法の理論において、弁証法と矛盾の関係は、いずれ歴史のエピソードになるだろう。

 ヘーゲル弁証法をひっくり返しても不動だにしなかったもの、頭で立っている弁証法を足で立たせるという比喩でいえば、ちょうど臍のあたりに位置していたものは、「矛盾」と「論理的な三側面」の規定であった。「矛盾」を追放し、「論理的なものの三側面」の規定を解体することによって、ヘーゲル弁証法の転倒は成就されるものと思われる。

(了)

参考文献
 
 マルクス『資本論(4)』エンゲルス編 向坂逸郎訳 岩波文庫 1969年
 エンゲルス『反デューリング論(1)』 村田陽一訳 国民文庫  1955年
 山本義隆『熱学思想の史的展開』 現代数学社 1987年

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