玄常上人
生まれは京の人である。幼い頃、比叡山に上り出家し、師僧について仏道を習ったが、智恵にすぐれ、さまざまな教義に通ずるようになった。また、法華経を習い、心中このように考えた。
「法華経の中で方便品・安楽品・寿量品・普門品のこの四品は、これこそ法華経の中心である」。そこで、これを四要品と名づけ、深く信じ、昼夜怠らず読誦し続けた。
そのうち、比叡山を離れ、播磨国雪彦山に移り住むことになった。そこで静かに籠ったまま熱心に修行を続けた。百個の栗を持つだけで一夏90日を過ごし、百個の柚を持つだけで一冬の食事に当てていた。その山は全く人跡絶えた所である。そこで、猪・鹿・熊・狼などの獣がいつもやって来ては、この聖人になれ戯れて恐れる様子もないというふうであった。また、聖人は黙っていても人の心を見抜き、その人が思っていることを聖人が口に出して言うとそれが違っていることはなかった。また、世の中のありさまを見て、その吉凶を占って、当たらなかったことはない。そこで世間の人は、聖人を権化の人と噂していた。
死に臨み、里に出て、知人の僧や俗人の家に行き別れを惜しみ、「この世での対面はこれが最後です。明後日になったら、わたしは浄土に行くことになるでしょう。この後の対面はお浄土でいたしましょう」と言って雪彦山に帰り、岩窟の中に座り、心静かに法華経を読誦して世を去った、と語り伝えられている。
今昔物語集より
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