エネルギー 

 全てのものはエネルギーです。
 そしてエネルギーとは「意志」の事でもあります。
 人間は「意志」を持つのは人間だけか、もしくは多少許容しても動物、もっと許容してもせいぜい「生物」だけが「意志」を持っていると思っています。
 しかしそれは違います。
 全てのものが「意志の力」を持っているのです。
 有機物も無機物も全てです。すなわちそれが全てのものが神と同質であることの証でもあります。 
極端な言い方をすれば神とはエネルギー、意志なのです。

 全てのものがエネルギーの振動によってかたちを現しています。
 私達の目に見えるものも、見えないものも全てエネルギーの振動が多少違うだけで、本質は同じなのです。
 そしてより高い振動のエネルギーからはそれ以下の振動のエネルギーを察知する事が出来ますが、低い振動のエネルギーからはより高いエネルギーの振動を察知する事が出来ません。

 またそれぞれの振動を持つエネルギーは、より高次元の振動のエネルギーになろうとする意志があります。
 これが「進化」を司っています。

 まず最初にあったのは最も純粋で単純なエネルギーの振動です。単純で純粋ゆえに非常に強力なエネルギーでもあります。
 現在ではクォークと呼ばれる素粒子の状態です。
 そのクォークや電子が自由に飛び回っています。
 そう、私達は最初から「自由」だったのです。
 その状態は非常に強力なのでとても高温です。100兆℃くらいでしょうか…。
 その後私達は「仲間」を見つけ「結合」しはじめます。これにより陽子や中性子が出来ます。
 更に結びつきを増やして行きます。それと同時に動きは徐々に遅くなり(集団移動になりますから)温度は低くなって行きます。
 独りでハイになって動き回っていた状態から、仲間を見つけることによりそれぞれの役割を果たし(陽子は陽子の、中性子は中性子の)、規律の取れた動きをする必要が出てきたワケです。
 これにより一見「自由」は奪われたかのように感じるかもしれませんが、「独り・自由・勝手」から「仲間・集団・役割」を持つことによって次の状態に進化してゆくのです。
 これはその後の全ての進化と共通することなのです。
 そして「仲間」を見つけ結ばれた私達は「原子核」となります。主にヘリウムですね。多少の変わり者はいますが(笑)。重水素とか…。
 その後更に原子核は電子と結びついて新たな「進化」を起こします。
 こうして「物質」の大元達が現れ、更に引き寄せ合い密度を高めて集団となって行きます。
 これらには全て「意志」が働いているのです。「仲間を見つけ、結合し、より高度に進化しよう」という意志が。
 そしてその「意志」の力は強大です。
 仲間を見つけ、引き寄せ合い進化しようとした結果、より強大なエネルギーを生み出し星を…銀河を形成しはじめたのです。
 そう、我々はその意志の力で「宇宙」を作って来たのです。 
 ここで忘れてはならないのは、「個々は自由である。しかし進化には集合の意志が必要である」という事です。
 個々が自由であることは現在の素粒子を見ても分かります。
 物理学的には「全ての動きには理由があり、次の動きは予測出来る」ハズなのでしょうが、素粒子の動きは「予測出来ない」のです。時間の矢もありません。可逆です。
 物理の法則に従いません。自由なのです。「意志」を持っているのです。
 その動きに対して「偶然だ」と言うかもしれません。
 しかし私に言わせればその「偶然」こそが「意志」なのです。神の意志なのです。
 「偶然」という同時性、共時性こそが我々を次の段階に進化させる力なのです。それに気付かなければなりません。
 「偶然」と思われる同時性には「意志」が働いているのです。それを見極め、その意志が意味するところを考えるべきなのです。そこには必ず意味が隠されています。
 その意味を探し、より多くの意志と結びつくのは素晴らしいことです。
 それは我々をより高度な状態へと進化させるからです。
 より多くの存在と意志の疎通をはかりましょう。
 それはすなわち「エネルギー」のやりとり、高めあいでもあります。
 更に言い換えればそれこそが「愛」の状態なのです。
 「愛」とは男女や親子の間だけでやりとりされるものではないのです。
 「愛し合う」ということは「エネルギーを与え合う」ことなのです。
 愛のやりとりは精神を高揚させ(振動を高め)、増幅されます。
 何かを愛するということは相手のためではなく、自分のためになるのです。また自分のためになりながら相手のためにもなるのです。素晴らしいことじゃありませんか!
 こうして愛し合い、エネルギーを与え合い、振動を高め増幅させることにより新しいちからを得、次の段階へと進化してゆくのです。

 しかし今現在それはうまく行っているとは言えません。
 我々は自分のエネルギーが低下すると不安を感じます。そして何とかその足りないエネルギーを埋めようとして「他人から奪いたがる」のです。
 それ故に人間の間には争いが起きるのです。家族間の闘争も、国家間の闘争も基本的には同じ事です。
 自分のエネルギー不足による不安を手近な相手から奪い、相手より優位に立っていると感じる事で安心を得ようとするのです。
 与え合い、結びついてこそ次の段階へと進化出来るのに、共に進化すべき相手からエネルギーを奪っても何にもなりません。
 相手を攻撃したり、問い詰めたり、批難したりして相手をヘコませ相手のエネルギーを奪うと、その時点では自分のエネルギーが増え、優位に立ったような気がします。
 しかししばらくするとそのエネルギーもまた他人に奪われたり消費したりして減って行きます。
 そこで一度成功した相手からまた同じようにエネルギーを奪おうとします。これは悪循環です。
 人類全体がこの手法を取っている限り、進化はありえません。
 負かされる(奪われる)方もたまったもんじゃありません。状態はひどければ病気になったり死んだりしてしまうでしょうし、その手前で「ヤバイ」と思った時点でブチ切れて反撃に出るかもしれません。
また、一方で「奪う者」もまだ別の場所では「奪われる者」になるのです。
 すなわち、他を奪う者は自分を奪う者を招き、他を殺す者は自分を殺すものを招き、他を批難する者は自分を批難する者を招き、他を陥れようとする者は自分を陥れようとする者を招くのです。業(ごう)の輪ですね。
 どちらにしろ、その「集団」でのエネルギーの総量には変化なく、先に進む事は出来ません。
 我々がより精神的に豊かになり、愛に満たされ不安の無い状態に進化するには、エネルギーを他人から奪うのではなく、宇宙から与えられそれを他人と与え合う事で増幅してゆくべきなのです。
 ではどうやったら得られるというのでしょう?
 それは「愛する」ことです。相手を愛し、感謝することで(一見自分が与えているようですが)、実は自分が相手からエネルギーを貰っているのです。
 しかも「愛」によって与えられたエネルギーは相手にも増幅して輻射しますから、相手にもダメージを与えません。
 クサイ言葉のようですが、「愛こそ力」なのです。まさに。
 よりちからを得たいのならば、より愛する事が一番の近道なのです。

 そして我々がまた近くにいる「仲間」と結合し(意志的に)、より強大なエネルギーを得、高次の振動へと変わる時、人類は集団として別の状態へと進化するでしょう。
 そしてそれは人類が生き残る術でもあります。種として進化をしない限り、人類には限界があります。それは地球上の他の生物の歴史を見ても分かることです。
 我々は新たな生き方…次の世界への対応を身につけなければなりません。
 我々個々は自由です。素粒子のように…。決して未来の運命が決められているわけではありません。
 しかしまた我々は仲間を見つけ、結びつき新たなものとなって進化してゆく…その為に集団の一員としての役割を果たし、共に動くということも考えなければなりません。
 そして覚えておいて欲しい事は「結びつく相手」というのは「自分とは似て非なるもの」であるという事です。
 科学で物質が結合してプラスとマイナスの電子を分け合い新たな物質となるように、お互い違う部分があって与え合うからこそ新しい存在へと変化出来るのです。
 プラスとマイナス、男と女、陰と陽、家族と他の家族、国と国…違うものが結びつくことに意味があるのです。
 同じものだけでは変われません。
 ですから、自分と違う人…性別が違う人、家族が違う人、国が違う人、宗教が違う人、考え方が違う人というのは実はとても大切な存在なのです。
 そういう「違うもの」と愛し合い、結びつく事が出来た時こそ大いなる変化と力が生み出されるのですから。
 今の段階では難しいことですが、違うことを認め、喜び、愛せるように…。
 それが我々が霊的に進化出来るチャンスとなるのですから。