岡田宮脇研究室
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岡田英弘

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宮脇淳子

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 宮脇淳子 雑記

巻頭エッセイ墨滴「「平清盛」と王家論争」『歴史通』3月号、ワック出版、2012年2月9日、1-3頁
「詐術に落ちた日本 毛沢東が仕掛けた偽史の罠」『歴史通』3月号、ワック出版、2012年2月9日、174-183頁
東洋史エッセイ「朝鮮とモンゴルの深い縁」『歴史通』3月号、ワック出版、2012年2月9日、138-139頁
「歴史がないから韓(カラ)元気」『歴史通』1月号、ワック出版、2011年12月9日、34-41頁
東洋史エッセイ「ノモンハン事件は境界線の誤解から」『歴史通』1月号、ワック出版、2011年12月9日、128-129頁
「座談会 第一部―清朝と辛亥革命、第二部―中華人民共和国と辛亥革命」『王朝から「国民国家」へ 清朝崩壊100年』アジア遊学148、勉誠出版、17-32頁、131-147頁、2011年12月20日(楊海英、馬場公彦、村田雄二郎と)
「モンゴル史と私」連載寄稿@『SAKIGAKE』Vol.20、社会福祉法人恵の園、2011年11月10日、47-49頁
「世界のモンゴル学者に愛された”無冠”の才媛 磯野富士子」『別冊正論』16「わが子に語りたい日本人の物語」200-206頁、産経新聞社、2011年10月20日
「韓流はウソだらけ 歴史ドラマ見まくりの記」『歴史通』11月号、ワック出版、2011年10月9日、20-31頁
東洋史エッセイ「「ダッタン人の踊り」は誤訳?」『歴史通』11月号、ワック出版、2011年10月9日、138-139頁
東洋史エッセイ「義和団が台湾回復を訴えたという大ウソ」『歴史通』9月号、ワック出版、2011年8月9日、136-137頁
東洋史エッセイ「孫文は大ほら吹き」『歴史通』7月号、ワック出版、2011年6月9日、132-133頁
東洋史エッセイ「内藤湖南は中国に裏切られた」『歴史通』5月号、ワック出版、2011年4月9日、136-137頁
東洋史エッセイ「儒教は宗教!?」『歴史通』3月号、ワック出版、2011年2月9日、134-135頁
東洋史エッセイ「北の辮髪と南の纏足」『歴史通』1月号、ワック出版、2010年12月9日、152-153頁
「平気で嘘をつく中国人」(渡部昇一と対談)『WiLL』2011年1月号、ワック出版、2010年6月9日、210-223頁
東洋史エッセイ「中国人もモンゴロイド」『歴史通』11月号、ワック出版、2010年10月9日、154-155頁
東洋史エッセイ「朝鮮を建国したのは満洲人だった」『歴史通』9月号、ワック出版、2010年8月9日、148-149頁
「藤原書店創業二十周年シンポジウム いま、日本をどう立て直すか(佐伯啓思、片山善博、青山侑、宮脇淳子、小倉和夫、御厨貴)」『環』No.42、藤原書店2010Summer、298-327頁(2010年3月22日公開シンポジウム記録)。
「中国で捕まったら「犬死」だ」『歴史通』7月号、ワック出版、2010年6月9日、144-154頁(岡田英弘と共著)
東洋史エッセイ「朝青龍はなぜ日本語がうまいのか?」歴史通』5月号、ワック出版、2010年5月9日、134-135頁
「遊牧民の栄華の夢」『正論』2010年4月号 エッセイ「折節の記」、2010年4月1日、149-150頁
「中国人に「侵略だ」と言われたら」『歴史通』3月号「総力特集 満洲国はワンダーランド」、ワック出版、2010年3月9日、55-68頁
「淳子先生の歴史講座―こんなの常識! 日本誕生A「中国五千年の嘘」『歴史通』(ワック出版『WiLL』別冊1月号)No.4、2010年1月9日、101-111頁
東洋史エッセイ「「万里の長城は秦の始皇帝が造った」って!?」『歴史通』(ワック出版『WiLL』別冊1月号)No.4、2010年1月9日、148-149頁
「「遊就館」を近代史博物館に!」『靖國』2009年12月1日、6-7頁
「ウルムチ「暴動」の背景」『機』211号、藤原書店PR誌、2009年10月15日、8頁
「ウイグル暴動:発端は漢族のウイグル娘「拉致」」『歴史通』(ワック出版『WiLL』別冊10月号)No.3、2009年9月9日、158-159頁
「淳子先生の歴史講座―こんなの常識! 日本誕生@つくられた聖徳太子」『歴史通』(ワック出版『WiLL』別冊7月号)No.2、2009年6月9日、150-162頁
東洋史エッセイ「唐の均田制はそれほど立派な制度か」『歴史通』(ワック出版『WiLL』別冊7月号)No.2、2009年6月9日、118-119頁
「満洲文字はモンゴルから、チャイナドレスは満洲服だった」『清朝とは何か』別冊環O、226-227頁、藤原書店、2009年5月30日
「科挙官僚・祁韻士が作った『王公表伝』」『清朝とは何か』別冊環O、228-229頁、藤原書店、2009年5月30日
「『満文老档』と内藤湖南」『清朝とは何か』別冊環O、320-321頁、藤原書店、2009年5月30日
東洋史エッセイ「韓国人の歴史観は「絵空事史観」」『歴史通』(ワック出版『WiLL』別冊4月号)No.1、2009年3月、142-143頁
「世界史はモンゴル帝国からはじまった」 月刊『ぺるそーな』100 2009年4月号, 66-69頁(岡田英弘と共著、この通巻100号で休刊となった、我々は63回連載した)
「世界を俯瞰して」『機』No.204、21頁、リレー連載いま「アジア」を観る74、藤原書店、2009年2月15日
「誰も語らなかったモンゴルの凄さ」第4回「資源外交の新戦場」『正論』11月号、2008年10月、280-287頁
「誰も語らなかったモンゴルの凄さ」第3回「米中は大帝国をつくれない―モンゴルの教訓」『正論』10月号、2008年9月、254-261頁
「誰も語らなかったモンゴルの凄さ」第2回「なんと逞しき人よ」『正論』9月号、2008年8月、246-253頁
「”天罰”を忘れた中国人」『Voice』8月号、2008年7月、104-109頁
「誰も語らなかったモンゴルの凄さ」第1回「強かな独立精神と外交」『正論』8月号、2008年7月、132-139頁
「朝青龍だけが悪いのか」『WiLL』2月号、2007年12月、240-247頁
「私の血となり、肉となった、この三冊」『諸君!』10月号、2007年8月、270-271頁
「外交巧者モンゴルの苛酷な歴史に学べ」『諸君!』6月号、2007年4月、192-201頁
「ハーンの大天幕」(監修)、「”永遠なる天”が命じたチンギスへの絶対服従」、「チンギス・ハーンを取り囲む人々:ボルテ、ホエルンと500人の妃妾」 『チンギス・ハーン』 歴史群像シリーズ特別編集, 学研, 2007年3月, 6-7頁, 100-105頁, 134-138頁
「モンゴル人から学んだこと」『正論』2007年2月号 巻頭エッセイ「折節の記」32-34頁
「国際都市カラコルム」『大モンゴル通信』大モンゴル建国800年祭・日本モンゴル友好年実行委員会,2006年, 7頁
「第三章 チンギス・ハンをめぐる女たち」『堺屋太一が解くチンギス・ハンの世界』講談社, 2006年2月, 108-113頁(宮脇淳子氏に聞く, 同書編集協力も)
.「徹底討論!日本に抑止力はあるか」『別冊正論』01, 2006年1月20日, 48-97頁(公開シンポジウム再録、日下公人、山本卓眞、川村純彦、佐藤優、潮匡人、林建良、宮脇淳子)
「永久保存版<歴史講座>もし中国にああ言われたら、こう言い返せ:日本は満洲を横取りしたと言われたら」『諸君!』 2006年2月号, 82-84頁(中嶋嶺雄[編]『歴史の嘘を見破る 日中近現代史の争点35』 文春新書 2006年5月, 78-84頁再録)
「ガルダン」「ジュンガル」『中央ユーラシアを知る事典』 平凡社, 2005年4月11日, 148-149, 250頁
「世界史はモンゴル帝国からはじまった」 月刊『ぺるそーな』37 2004年2月号, 64-65頁(岡田英弘と共著、この後、2009年4月号まで、毎号連載)
「『モンゴルの歴史』出版に関する文献探索」(『文献探索2003』掲載)
「モンゴルとは何か?」『刀水』7号, 2003年8月31日, 1-31頁(岡田英弘他と対談)
「モンゴルの活仏ザナバザル」『SKY LAND The Inflight Magazine of MIAT Mongolian Airlines』日本語版, 2003 Summer Issue, Vol.9, 14-15頁
「マンドハイ賢妃の物語」『SKY LAND The Inflight Magazine of MIAT Mongolian Airlines』日本語版, 2002-03 Winter Issue, Vol.8, 14-15頁
「モンゴルを中国から見る―ノモンハン紀行」 『日本とモンゴル』 35-2(No.102), 2001年3月 (社)日本モンゴル協会, 39-50頁
「藤枝先生の思い出」 『藤枝晃』(藤枝晃追悼文集) 自然文化研究会, 2000年6月23日, 279-285頁
「十七世紀以来のモンゴル国の歴史と現状」 『日本とモンゴル』 33-2(No.98), 1999年3月 日本モンゴル協会
「モンゴル仏教美術展によせて」 『産経新聞』(夕刊) 平成10年(1998年)6月15日, 12頁
「モンゴル人の歴史とチベット仏教」 『モンゴルの仏教美術』 板橋区立美術館特別展図録(監修とも) 1998年5月30日―7月5日
.「フビライの大ハーン位を決定づけたクリルタイと四大ハーン国」 『中国五千年第5巻 東アジアの盟主から世界帝国へ 宋・大モンゴル』 世界文化社, 1997年1月20日, 36-40頁
.「草原に歴史を追って」 『大航海』 No.13(new horizon), 新書館, 1996年12月号, 10-11頁
.「未知のモンゴルに憧れて」 『イフテンゲル』 3, 日本モンゴル文化協会, 1996年2月14日
「モンゴルの酒」 『沼声』 No.184, 沼津の文化を語る会, 1995年10月, 4頁
「モンゴルはなぜ内と外と呼ばれるの?」 『ウヨンタナ通信』 ウヨンタナ音楽事務所, 1995年5月
「イブン・バットゥータ」「ヘディン」 『大航海』 No.4(世界の旅行家17), 新書館, 1995年6月号, 150-151, 172-173頁
「明軍が土木堡でオイラト軍に大敗、正統帝は捕虜となる」「エセン・ハーン、部下に殺され、オイラトが崩壊」「ダヤン・ハーンが結婚、チンギス家の再興とモンゴルの再統一始まる」「チンギス・ハーンの末裔ダヤン・ハーン、モンゴルを再統一」「アルタン・ハーン、 北京を包囲。恐怖におののく市民たち」「ジュ ンガルのガルダン、モンゴルに侵入。ゴビ砂漠以北を支配下に」「ガルダン・ハーン、清軍に敗れ病死。モンゴルは清の支配下に」『クロニック世界全史』 講談社, 1994年11月, 367, 368, 381, 393, 442, 564, 572頁
「モンゴル帝国とその遺産」『WEEKLY REPORT』(東京新宿ロータリークラブ) No.738、3頁 1994年4月15日(卓話要旨)
.「ウラーンバートル訪問記」 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 『通信』 76, 1992年11月25日, 7-13頁
「モンゴル帝国の伝統―チンギス・ハーンの後裔たちの遊牧王権」 『しにか』 3-10, 大修館書店, 1992年10月, 22-28頁
「皇城機能を持つ草原の宮殿―交易の拠点、ハーンの大帳殿 」 『チンギス・ハーン〈下巻〉』(歴史群像シリーズ26) 学習研究社, 1991年10月, 16-17頁
「『タタルの軛』とロシア―ツァーリは『黄金のオルド』を継承した」 『チンギス・ハーン〈下巻〉』(歴史群像シリーズ26) 学習研究社, 1991年10月, 82-85頁
「元朝王族の日常生活―移動オルドで、鷹狩りと宴会の日々」 『チンギス・ハーン〈下巻〉』(歴史群像シリーズ26) 学習研究社, 1991年10月, 162-165頁
「復活したモンゴル文字、モンゴル人民共和国の文字改革」 『ユネスコ・アジア文化ニュース』 228, (財)ユネスコ・アジア文化センター, 1991年8月, 2-3頁
.「”蒼き狼”の母・ホエルン―賢き支配者を生んだ偉大なる女丈夫」 『チンギス・ハーン〈上巻〉』(歴史群像シリーズ25) 学習研究社, 1991年9月, 46-47頁
「聡明な妻・ボルテ―チンギス・ハーンの危難を救った才女」 『チンギス・ハーン〈上巻〉』(歴史群像シリーズ25) 学習研究社, 1991年9月, 58-59頁
「虐殺の真相と宗教政策の寛容性―”永遠なる天”の前には服従あるのみ」 『チンギス・ハーン〈上巻〉』(歴史群像シリーズ25) 学習研究社, 1991年9月, 108-112頁
「チンギス・ハーンの女性と生活―五00人の妃妾が四大オルドを形成」 『チンギス・ハーン〈上巻〉』(歴史群像シリーズ25) 学習研究社, 1991年9月, 172-175頁
「アジア時評・モンゴル」 『北海道新聞』(夕刊) 1991年3月20日, 5頁
「中央ユーラシアの草原にて―歴史に見る女性像―」 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所『通信』 70, 1990年11月25日, 21-28頁
.「西ドイツのクリスマス市」『XING(クロッシング)』 1989 WINTER, 日本交通公社, 1989年10月30日, 96頁

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