
平成22年4月で開所2周年を迎えます。
平成22年3月1日 ホームページを更新しました。

- 「先進国の子どもたち」「発達障害環境発症論」公開
- 2009 9月4日 「先進国の子どもたち」「伝えたい人へのメッセージ -発達障害環境発症論-」公開。
- 著書・参考文献 更新しました(2009.8.3)。
- 平成21年8月26日(WED) 講演会があります(2009.7.31)。
- 2009年7月 新書「テレビを消したら赤ちゃんがしゃべった!笑った!」 メタモル出版より発売(2009.7.11)。
- 2009年4月 kids21 子育て研究所 1周年を迎えました(2009.4.1)。
- 2009年2月 あしもり健康増進センター 開設(2009.2)
- 2008年11月 「名医ジャスティン」 講談社より発売。 著者 生長豊健(理事長)

片岡直樹 著 メタモル出版 B6判・並製 1500円
「表情が少ない」「笑わない」「泣かない」「声を出さない」「呼んでも振り向かない」「目線が合わない」などの特徴をもつ「新しいタイプの言葉遅れ」の子が増えている。 赤ちゃんと心を通わすための心得とは? 新しいタイプの言葉遅れの治し方とは?
テレビによる後天的な言葉遅れの現状 テレビによる後天的な言葉遅れの事例 テレビによる後天的な言葉遅れの解説

川崎医科大学名誉教授/Kids21 子育て研究所
片岡 直樹

イギリスの著名な教育評論家スー・パーマー氏の著書「子どもはなぜモンスターになるのか(toxic childhood)」は、子どもや若者をめぐる深刻な諸問題が実はアメリカ、日本、ドイツなどの先進国で共通に起こっていることを丁寧な調査や聞き取りで明らかにしています。しかし、現代社会の危機が世界共通だという認識は納得できますが、問題児を減少させる根拠には言及していません。「テレビを消したら赤ちゃんがしゃべった!笑った!」は、かような問題児の増加を根っこから絶つ試みを書いたつもりです。

問題児の急増に悩まされているのです。先進国(米、日、英、独、仏、伊など)では薬物、飲酒、自傷、他傷、反社会的行動、精神的問題で悩んでいる青少年が5人に1人いるといわれています。考えたり、学んだり、行動をコントロールする力が損なわれています。テクノロジーに支配されている文化と、人間の生物学的な性質(持って生まれた心)にずれが生じているのです。

教室内の雰囲気が変わり、学童や生徒の態度の悪さが目立ちます。共通しているのは、発達障害と診断され特別支援教育を必要とする子どもたちが多いことです。それと診断されなくても、同じように注意力に欠け、衝動的で行動に問題がある子どもが少なからずいるのです。読み書き計算は、習得するのに時間がかかり、その過程で考えたり、理解したり、集中したりする力が身に付きます(満足の遅延)。かなり退屈な作業の繰り返しが求められます。『急いては事を仕損ずる』なのです。最も発展した豊かな国で、子どもたちが自制心や恩義や思い遣る心を失ってしまったのはなぜでしょうか。

多くの大人は、テレビが原因だと思っています。不健康な食事、運動不足、家庭の変容(共稼ぎや崩壊)、大量消費社会、テクノロジーの発達、社会構造の変化など原因は多彩です。複雑で得体の知れない現代文化が先進国の子どもたちを蝕んでいます。個々をつついてもだめです。『木を見て森を見ず』なのです。

過去は別の国、いや別の星です。そこには習慣の異なる人々が住んでいたのです。21世紀の親は、ジャンクフード、カウチポテト族、ペスターパワー、引きこもり、電気仕掛けのベビーシッター、マルチメディアなどが氾濫する世界を手探りで生きているのです。マルチメディアとはパソコン、E‐メール、インターネット、ケーブルテレビ、ビデオ、DVD、コンピューターゲーム、携帯電話、ipodなどです。メディア論の先駆者マルクーハン氏は、急速に変化するマルチメディアに大人はかろうじて適応できているが、子どもは昔ながらの体験遊びで、時間をかけて育たなければ、人間の心が成立しないことを警告しています。今もこれからも変わらないといわれます。250年前、ジャン・ジャック・ルソーが名著「エミール」の中で主張していることは現代も生きています。

毒に冒された子どもたちを救うのは、家庭だけでは無理で、社会全体が参加しなければなりません。子どもは最も大切な未来への投資ですが、有毒物質は、すでにきわめて多くの子どもたちの社会的・精神的・知的発達を妨げています。仮に、自分の子が難を逃れたとしても、その子はそれだけの幸運に恵まれなかった子どもたちに囲まれて生きていることになります。注意力、自制心や他者への共感に欠ける子どもが増えるにつれ、反社会的な行動や、凶悪犯罪は多発します。子どもたちが毒に冒されている現状を食い止めないかぎり、社会の団結はますます脅かされるでしょう。向精神薬などの薬物療法を利用することは可能ですが、これだけ処方量が増えているのを見ますと、この方法で子どもたちを治療するのが賢明なのかどうか、もう一度振り返ってみる必要があります。
最も賢い解決策は、学校や医療機関や政府が問題児の根本原因を探り、適切な子育てができるように、親を支援することでしょう。次の世代の心と体の健康のために時間や費用を惜しむべきでないのは、どの国の政府も承知しています。企業も耳を貸さなければならないでしょう。大企業はこれまで短期的な利益が社会の長期的な繁栄を損なう場合、顧客だけでなく自分たちも被害を受けるということを、なかなか認めようとしませんでした。近年、世論の怒りや訴訟を引き起こす恐れがあれば、企業も方針転換せざるを得なくなっています。大企業にこのような方針をとらせるうえで、きわめて大きな役割を果たすのが、個々の親たちの力なのです。
子育ての最大の責任が親にあるのは、今も昔も変わりません。子どもが安全で健康に成長できる環境を整えるよう、つとめなければならない。わたしたちは昔から築きあげた地球村の文化を守るために、子どもが冒されている現代文化という毒が外からくるだけでなく、人間の内側にもあることを知らなければなりません。地球環境だけでなく、人間の内的環境も危機をむかえているのです。親たちが、子どもの利益を第一に考えて行動し、地域社会がそれを支援すれば、子どもの生活は必ず解毒できます。友人同士として、あるいは隣人同士として、次の世代の地球村を築いていくのは、この子どもたちなのです。

子どもが冒されている現代文化という毒は、人間の内側すなわち、赤ちゃん自身にも進入しています。「三つ子の魂百まで」といわれます。赤ちゃんのときの育ち方が一生を決めるのです。現代文化に毒された赤ちゃんとは、どのような赤ちゃんなのでしょうか。笑わない、泣かない、目が合わない、呼んでも振り向かない、声を出さない赤ちゃんです。フラッシュカードでひらがなや数を憶えたり、テクノロジー文化の事物には興味を示すが、人間に懐かない赤ちゃんです。
先進国のまねをしない国があります。発展途上国といわれる地域には、決して問題児はいません。来るべき近未来を子どもたちに託しているのです。
近著『テレビを消したら赤ちゃんがしゃべった!笑った!』には、楽しく、正しい赤ちゃんの育て方が詳しく言及されています。発達障害といわれる問題児は決して生まれながらに増えているのではありません。生まれつきのいじめっ子がいないように、生まれつきの問題児もいないのです。
引用文献
① スー・パーマー「子どもはなぜモンスターになるのか」小学館 2007
② 片岡 直樹「テレビを消したら赤ちゃんがしゃべった!笑った!」メタモル出版 2009


自閉症とは、長い人生の旅のごく初期に発生する発達障害の特異なタイプであると考えられる。それは、未完成な、またそれだけに膨大な発達を遂げる幼い脳に起きた小さな出来事の結果である。最初は小さな異変であったものが、後に重大な欠陥を生じたものと考えられる。自閉症児がこの世に生をうけてまもなく、この異変による傷跡をそのあどけない表情の下に読み取ることはできない。否、むしろ際立って端正な容貌の持ち主であることが多い。自閉症児に初めて会う人に神秘的な印象を与える理由でもある。
自閉症児は、私たち定型発達者(健常者)と異なる資質をもって、この世に生まれてきたのではない。本来同じ人間として生をうけた仲間のうちの幾人かが、思いがけず微小であるが、結果の重大な障碍をうけ、孤独な旅に出ることになったと考えられる。自閉症児が見せる融通のきかなさや、混乱したときにみせるパニックは、健常者にもその面影を認めることができる。それらの行動は、特定の条件に限っていえば、私たちの生存に欠かせないものでさえある。私たちは発達の分岐点において、かろうじて「正常」な方への道を選ぶことができただけである。
ヒトという人間としての旅の始まりは、私たち1人1人が物心つくよりずっと以前のことである。それは、多くの危険をはらんだ旅立ちでもあった。私たちはこの未明の嵐のことを忘れ、その後の静かな光景だけを見ながら人生という旅を続けている。しかし、自閉症児は、この時の嵐の厳しさとその傷跡を克服することの困難さを、身をもって私たちに警告していると考えることができる。自閉症とは、その名前から一風変わった人間の症状としてだけ受けとられがちであるが、そうではなく、1人の人間のすべての構造が根こそぎ揺れ動かされた結果を示す症状である。だから、そこから生まれる問題は、治療や教育の問題であるばかりではなく、脳と「こころ」の全般的な問題であり、言語や認識や行動や感情の問題であり、哲学の問題でさえある。そんな広い世界についての問題提起をかれらはおこなっている。ともかく今、自閉症という障碍は多くの人に知られるものとなり、私たちとかれらの間のより良い関係のあり方が討論されるようになった。分岐した道は長い旅の後で、再び近づいてきたのである。今こそ、お互いの道筋を振り返り、私たち人間の、これからの旅の目安にしたいものだと思う。

ヒトの赤ん坊は、生後1年間に及ぶ無力な状態で生きている。他のほとんどの動物(哺乳類)は、生れてその日のうちに立ち上がり、歩き始める。人間だけ1年間も歩けないでいる。ポルトマンは「ヒトは1年間の生理的早産」といっている。生れて間もない人間の赤ちゃんは、脳の成熟状態においても、感覚器官や運動器官の完成度においても、このような試運転をおこなえる状態ではない。にもかかわらず、現実から十分なフィードバックを経ることなく、将来の膨大な情報処理に備えて、大脳の各部分は増大し続ける。このため、外界との接触による点検を受けない非実践的な脳が生まれてくる可能性がひそんでいるかもしれない。
定型発達していく赤ちゃんの場合、わずかな手足の動きや泣き声などによって周囲の人間に働きかけ、外部の世界と自分の位置を確かめ始める。それは彼らの脳がこの時期から人間への働きかけを除々に始めるよう仕組まれているからに違いない。彼らの社会的な行動の出発点である。ヒトや高等哺乳類の社会的行動は大脳辺縁系に強く関係している。
自閉症児は、専門家たちによると、欲望や感情の発生源に機能的障害をもっているという。自閉症は、先天性の脳機能障害であるといわれる。泣いたり、笑ったり、親の気を引いたり、目を合わせたり、呼んだらふり向いたり、まねをするなどの如く心が通い合うことが、一切ない。身振りがない、指差ししない、ごっこ遊びをしない、周囲に無関心、泣いて訴えることがないなどのために、手がかからないおとなしい赤ちゃんだったと振り返る親が多い。さらに不思議なことに、正常発達の途中でそれらを失ってしまう折れ線タイプの言葉遅れ(小児崩壊性障害)の子どもたちが自閉症の2~3割を占めると専門書に記載してある。この愛着障害も生まれながらの障害に入っている。
某精神科医の本によると、“重度の発達障害(自閉症)と軽度の発達障害(ADHD、LD)に分けられる”という。重度の場合、神経経路の一部分に大きなダメージが存在する。生後早期のリハビリが大切であり、しかも両親が子どもと向き合う時間が必要で、専門家まかせにしてはいけない。軽度発達障害の場合、問題は発達の凸凹である。発達のいかんにかかわらず、なるべく早く治療をスタートさせたいという。
私は自閉症環境発症論を展開しており、すべて後天的に発症すると考えている。

-生物学的素因(もって生まれた遺伝子)ではなく後天性環境-
ヒトの赤ん坊は生後1年間無力の状態である。動物は就巣性と離巣性に分けられる。就巣性は人間と鳥のみである。人間に近いサルは離巣性の代表であり、生まれてすぐ歩いたり1人立ちできる。すなわち、ほとんどの動物は生まれたらすぐ完成品になる。ひとり立ち可能な、生まれながらのすり込み現象が存在するのである。
ヒトは生まれたとき白紙状態で、1年間を費やしてやっとひとり立ちする。ここに定型人間(健常人)と自閉症児が育っていくヒントがある。ボウルビーの愛着理論によると、定型発達児の愛着発達は次の段階を経て育つ。
第一段階(誕生から2カ月頃):人の弁別をともなわない定位と発信(非選択的愛着)
第二段階(3カ月~6カ月頃) :1人又は数人の弁別された人に対する定位と発信(選択的愛着)
第三段階(6カ月~2才頃) :分離不安(抱っこをせがむ)
第四段階(3才以上) :自立(自分で考え行動する。人に迷惑をかけない。人の役に立つ。)
自閉症児の愛着発達過程→専門家が考えている自閉症の生まれながらの脳障害説。
第一段階:混沌(自他が明確でない。世界イメージが混沌としている)
第二段階:道具(便利な道具としてのみ愛着対象者〈母親〉を認識している)
第三段階:快楽(道具に加え、楽しい存在として認識)
第四段階:依存(自分の無能さと、愛着対象の有能さを認識)
第五段階:自立(愛着対象者を探索基地として、自分の気持ちをコントロールし、自立していく)
すなわち、自閉症児は誕生してから愛着が育つ時期、混沌としていて人間への選択的愛着が成立しないということが、世界的に通っている説である。生後1~2カ月頃、親が「どこか変だ」と気づく。眼を合わせようとしない。笑ったり泣いたりしない。抱っこを嫌がる。おとなしい。あやしても笑わない。
しかし、私が出会う自閉症児はみんな、定型発達児がたどる愛着発達の第一から第四段階までの途中で、頓挫してしまうために、愛着形成が失敗に終わる。この頓挫がなぜおこるのかが問題である。赤ん坊が“音”と“光”環境にはまるのである。すなわち、愛着は当初育っているけれども、途中BGM、テレビ、ビデオ、CD、電子おもちゃ、フラッシュカードなどの環境の下で、愛着が消失するのである。ここに自閉症環境発症論が生まれる。
※ADHDの愛着発達過程
これは自閉症よりもっと軽い。第一・第二段階はかろうじて成立するが、第三段階、分離不安で頓挫するのである。多くは、乳幼児後半になると母親を主たる愛着の対象とする。しかし、分離不安はなく、歩き始めるとよく動きまわる。叱られても少し経つと何事もなかったかのように、母親ににこにこして話しかける。買い物で迷子になっても不安を示すことはなく、再会後も母親に泣いてしがみつくことはない。

川崎医科大学名誉教授/kids21 子育て研究所所長
片岡 直樹
①当事者・・・・問題児(発達障害をきたしている子ども)を育てている親へのメッセージ。
問題児の原因
1)テクノロジー文化の中で生きていると、応答的環境を失っていく。
2)応答的環境を作りにくい現代社会。静かな環境の中ではなく、事物に囲まれている。
スポック博士の子育て説ではこどもは育たない。「エリーの記録」の如く。
すなわち、赤ちゃんは個室で育てるのでなく、わが国では昔、川の字で育てた理想的模範がある。
問題児への対策:親がわが子の異変に気がつくことが最も大切。
1)生後5~6ヵ月に逆戻りして、育て直しをする。
応答的環境で五感がうまく芽生えると心が育つ。
キーポイントは人間として魂が根づくかどうかにかかっている。
2)コミュニケーション手段として言葉(会話)が成り立つ。
その前に身体言葉(ジェスチャー)が育つ。
3)終着点は、言葉、文字、数、記号を理解して記憶する。
②有識者・・・・子どもを育て導く者(保育士、保健師、教師、医師、大人)へのメッセージ
今、問題児が急増している。特別支援教育を必要とする問題児(わが国では発達障害児)が、なぜ、先進国だけに増えているのだろうか。不健康な食事、運動不足、家庭機能の低下、大量消費社会、テクノロジー文化、社会構造の変化など原因(病因)は多彩である。わが国においては、発達障害はこどもたち自身に生まれながらの原因を求め、後天的な環境だとか、家庭をやり玉にあげることをタブーとしてきた。そこで、問題児の中で最も顕著な症状をもつ広汎性発達障害(自閉性障害)について、その原因、頻度、本体論、診断、対応について私心を述べる。
③子育てをはじめる人たち・・・・子育て中の若い母父、婚活中の人、中・高生へのメッセージ
楽しく正しい赤ちゃんの育て方とは?
赤ちゃんには生まれながら気質があります。敏感な子(10-15%)静かな子(10-15%)普通の子(70%)みんな健康で普通の子です。それぞれ適切な対応が必要ですね。親として腕のみせどころです。楽しみでわくわくします。
≪赤ちゃんの脳の発達と成長のプロセス≫
まずあらゆる事物に興味をもつ
↓
人間に興味をもつ
↓
特別な人間(母親)に興味をもつ
(父、祖母、保育士さんでも可)
↓
家族の中で育つ
(ミニ社会)
↓
集団の中で育つ
(他人のことがわかる)
目上の人、同級の友、目下の子どもたちと楽しくかかわる
↓
社会の中で自活する

川崎医科大学名誉教授/kids21 子育て研究所所長
片岡 直樹
問題児の中で最も顕著な症状をもつ広汎性発達障害(自閉性障害)について、その原因、頻度、本体論、診断、対応について私心を述べる。
≪原因≫
生まれながらではなく後天的環境要因が大きい。テレビなどITそのものが最大の元凶である。IT以外に、ネグレクト(育児放棄)があるが、この虐待に焦点をしぼっても、電子おもちゃや超早期教育的玩具などがITとして赤ちゃんの脳へ進入している。高い学識をもった賢者が危険に気づいていないだけである。
≪頻度≫
出生100人に1人(イギリスのローナ・ウィング)、わが国では出生50人に1人あるいはそれ以上の勢いで増えている。乳幼児健康診査でリスク児が発見され、いわゆる専門家が安易に診断しているのが現状であろう。1歳6ヵ月健診は鬼門である。米国小児科学会は、1.6歳と2歳の時点で自閉症スクリーニング検査を全小児科医へ推奨している。しゃべらない、笑わない、遊べない、目が合わない、指差ししない、呼んでも振り向かない子どもを見つけて、早期診断・早期介入しようと目論んでいるが、先天性の自閉症なら矛盾もはなはだしいのではないか。高機能自閉症を増やすだけではないのか。
≪本体論≫
まず、自閉症のバイブルとして世界中で愛読されている『自閉症スペクトル』の著者ローナ・ウィング氏の本体論を要約します。
自閉性障害をもつ子どもは、1人ひとりみんな違いますので、詳しく明細化された診断に役立つものはありません。ともあれ個人差はあっても、社会的相互交渉、コミュニケーション、そして想像力の欠如というこの3つ組が共通し、反復的行動をともないます。まだ、動きまわることができない乳児はこれら障害の徴候がわかりにくく、ひとり歩きを始めるまで表に現れません。自閉性障害をもつ乳児は3つのタイプに分けられます。一番多いのは、おとなしくて要求が少なく、乳母車の中で静かにしているタイプです。いつお腹がすいたのかわからないと母親を思わせます。次にそれとは対照的に、昼も夜も泣き叫び、あやしても止まらないタイプです。さらに、このどちらにも当てはまらず振り返ってみても何の特徴も示さないタイプもいます。生後まもなく乳がうまく吸えない乳児もかなりみられます。抱っこしても、おんぶしてもしがみついてこなかったり、回転するもののとりこになる乳児もいます。成長発達するにつれて、興味をもちそうなものに興味を示さないこともあります。呼んでも振り返らなったり、笑顔がなかったり、まねしなかったり、「いないいないバア」をしないことも多いようです。お坐りができるのに、自分で起きようとしなかったり、這い這いしなかったり、歩かなかったのに突然歩いて周囲をおどろかすこともあります。普通にしゃべれて返事もできていたのに、まったく言葉が出なくなって理解力が消失する崩壊性障害(折れ線タイプの言葉遅れ)の症状をきたす子どももいます。以上の記述は、自閉症児の親から聞き取りした乳児期の情報の寄せ集めですので、自閉症の症状の羅列にすぎません。
その40年前(1943年)レオ・カナーが早期乳幼児自閉症と初めて名づけましたが、共通した異常な行動パターンだけをみて、乳児期の育ち方を観察しておりません。昔だから無理もありませんが、大変な手落ちです。なぜ、生まれながらの障害と言えるのでしょうか。現代、いわゆる専門家集団はなぜ、前世期の遺産に固執しているのか理解できません。
次に、私は40年前から未熟児・新生児医療、乳幼児健康診査、一般小児診療にたずさわり、人間の生い立ちを生まれてからずっと観察してきた実体験から、発達障害(自閉性障害)の本体論を私心として展開いたします。赤ちゃんの育ち方が一生を決めます。赤ちゃんは生後まもなく事物に興味を示します。色彩、形、動くもの、そして自分に快をもたらす特別の人間になつきます。すべて自然のなりゆきですが、そこには応答的環境がありますし、自分自身の五感が自然に育つことが重要なのです。赤ちゃん自身が自然に意思を働かせるということです。例をあげますと、動く物体へ目玉を動かせて追視するのは自然ですね。ここでは赤ちゃん自身が事物の実像を目から後頭葉でとらえて、前頭葉の前方で確認して頭頂の運動野へ働きかけ、運動野からの指示で目玉を動かせる眼筋が収縮して目玉が動くのです。追視といいまして、これが成立するのに、何と生まれてから60日間を要します。テレビ画面を見ている赤ちゃんは、生まれて3ヵ月たっても目玉を動かしません。テレビ画面は二次元の世界です。テレビの動画は、赤ちゃんの目からの距離が同じですから、赤ちゃんは動いているとは思いません。テレビの動画は、人間にとって過去の体験(記憶)の再現なのです。私は30年も前に目玉を動かさない赤ちゃんに出会い、テレビを消したら約7~10日で目玉を動かすことに気づきました。母親の訴えは目が見えていないかもしれないという相談でした。これが発達障害の本体論のはじまりです。五感の発達はすべて赤ちゃん自身によるすばらしい初期体験のおくりものなのです。そこには必ず特定の大人がいて、笑ったり、声をかけたり、触れたり、甘い香りがしたり、動いたりする環境があります。目玉を動かしたり、泣き方を変えたり、笑ったり、表情をくずしたり、声を出したり、手をたたいて五感をふる活用しているのです。応答的環境であり、愛着(甘え)というものです。
私が出会う発達に問題をもつ事例を呈示します。まず、生れてから3~6カ月頃の赤ちゃんです。泣かない、笑わない、表情がない、声が出ない、目玉が動かないなど不思議な赤ちゃんが外来へやってきます。視聴覚や知的な障害がないことは検査をしなくても長年の経験から判断できます。そして、“音”と“光”環境をみなおすと1~2週間ですべて解決します。泣きやまない子、動きまわる子、夜泣きが激しい子、そりかえりっ子、這わない子、坐ってばかりいる子、座位で移動する子、歩かない子、立っちしない子などいろいろな子どもが来ます。検査しなくても、総合的に判断しますので、運動障害、知的障害、感覚障害を見落とすことはありません。1歳を過ぎる頃になると、赤ちゃんの行動範囲が広がり、育ち方がよく見えるようになります。
2歳の男児。対人(-)、言語理解(-)、言葉(-)、出生体重3000g。自然後頭位分娩で大きな産声をあげる。母乳を上手に飲む。生後1カ月から母親が内職をはじめる。眠っている時間が短くなり、テレビを見せる。生後2カ月あやすと声を出して笑う。4か月人見知りがはじまる。“いないいないバア”と“お母さんといっしょ”が好きなようなので、ビデオに録画し繰り返し見せる。9カ月這い這いする。両親から表情の少ない子といわれる。目線が合わず、呼んでも振り返らないことに気づく。“音”と“光”が出るおもちゃが好きで、バンバン叩いている。1歳歩く。おしゃぶりを外したら、本に齧りつき、切れはしを食べることがある。回るものが大好きで何回も回す。1歳6カ月目を離すと、外へ走り出し、後を振り返らず逃走する。保健師に言葉がまったくない、声をかけても反応しないことを指摘される。子どもの専門医へ紹介され、一生言葉が出ないと宣告される。些細なことで大泣きする。2歳のとき『テレビ・ビデオが子どもの心を破壊している!』を図書館で読む。本の事例にぴったり合うので、直ちにテレビとビデオを中止する。その後、“いないいないバア”遊びやじゃれ遊びを喜ぶようになり、1年後にかん高いまね言葉がでる。現在小学校1年生。対人関係、言語理解、会話がまったく問題なくできるように回復する。
1歳9カ月の男児。 対人(+)、言語理解(+)、言葉(-)、3カ月夜泣きが激しく、1歳まで続く。4か月寝返り、6か月這い這いする。人見知りする。7カ月後追いが激しく、しばしば転落して頭を打つ。9か月伝い歩き、11か月独歩。表情豊かでまねが上手で、赤ちゃん芸をたくさんする。生来テレビがつけっぱなしで、NHK教育番組、ファミリーコンサートビデオ、知育ビデオ(ベイビーシリーズ)、公文ことば探検をよく見る。1歳6ヵ月“おかあさんといっしょ”をみながら喜んでまねする。テレビ画面へ向かって「ギャー」「ガー」と声を発する。しかし、言葉は一切出ない。母が読む絵本の内容も理解しているのにまったく無言で指さすのみ。スプーン、フォークを上手に使う。はめこみパズル、ブロック、ミニカーにはまる。外では、多動が目立ち、友達を押したり叩いたりする。1歳9カ月初めて診察。テレビ・ビデオ・電子おもちゃを禁止し、適切なかかわり方を教える。1年後話し言葉が育ち、三語文がしゃべれるようになった。小学校では優等生。
2歳4ヵ月の女児、折れ線タイプの言葉遅れ。生後11ヵ月、独歩。1歳言葉が10コ以上出て、指さし、赤ちゃん芸がたくさんできる(化粧、手を合わす、バイバイ、オツムてんてんなど)。テレビは一切みせてない。母親が1年間の育児休暇後幼稚園へ復帰する。1歳半頃、目線が合わず、表情がなくなり、無言で意思表示がなくなる。1歳以後保育園へ行かず、1日中ビデオづけになっていたことが判明する。
2歳男児、テレビがついていないのに言葉がない。母親はコンピューター関係の仕事を家庭でする。食事、運動、睡眠など生活習慣は問題なく育つ。母と同じ部屋で、フラッシュカード、電子おもちゃ、教育カードで独り遊びが好きである。1歳半過ぎ他の人への関心がなく、事物の名前はたくさん憶えて、正しく言葉に出すことができる。しかし、話し言葉が出ない。2歳健診にて高機能自閉症と診断される。
2歳半の男児。双生児の賢い方が自閉症児。1歳時、早く言葉が出た弟がテレビの操作を憶え、テレビ・ビデオを独占する。兄はおとなしく、いつも弟に先を越されている。兄はテレビを見ず、他の遊びに興味をもつ。2歳半のとき、弟は言葉がなく自閉症の疑いがあるが、3歳まで言葉かけを多くして様子をみるよう指導される。インターネットで『しゃべらない子どもたち、笑わない子どもたち、遊べない子どもたち』に出合い、来院する。弟は自閉性障害の症状がそろうが、兄は正常に育っている。
その他、双生児の両方とも自閉症になった例、兄弟3人とも発達障害(自閉症スペクトラム)になった例など2000件以上体験している。2世代にわたることも多い。以上、最近5年間では、発達障害児の生い立ちの生活記録ビデオと治療経過ビデオを収集しているので、本体論の科学的根拠(エビデンス)になっている。
遺伝するとか生まれながらというまったく根拠のない風説に大人は気づかないと、世界はふしぎな国になるだろう。昔、ホスピタリズムという言葉が流行した。乳児院では特定の保母が育児にかかわらないといけない。みんなで集団保育すると愛着が育たず精神的にも身体的にも健康児は育たないといわれた。赤ちゃんが“音”と“光”環境の中で育つことは正にホスピタリズムそのもので、ネグレクトである。今、子ども虐待(乳児虐待)が声高に言われている。10~20年間で30~50倍に増えているという。2世代、3世代と連鎖しているともいわれる。専門家の方が子ども虐待と発達障害(自閉性障害)との関連性に気づきはじめたらしい。テレビなどIT環境によるネグレクト(子ども虐待)が予防できるよう真剣に心しなければならない。
≪診断≫
自閉症スペクトル障害の診断については、社会的相互交渉の欠如、コミュニケーションの欠如、想像力の欠如の3つ組が存在し、それらの行動的特徴が重視されます。まず、人への反応が乏しく、人と視線が合わない、表情や身振りが乏しい、情緒的交流が苦手、共感することができない、相手の気持ちにそぐわない振る舞いをしてしまうなどです。まるで他人が存在しないかの如く振る舞います。呼ばれても来ない。返事をしない。人を横目でちらっとみるだけで見過ごす。触ると身を引く。抱っこしても抱きつかない。人が横になっていると、その上を踏みこえようとする。物が欲しいときに相手の手の甲や腕をつかんで目的物に持っていく。自身の無目的な活動に夢中になる。 荒っぽい身体遊びに反応して、大喜びするが終わると孤立する。しゃべれる人は相手を気遣うことなく一方的に自分の関心ごとを延々と述べる。次に、コミュニケーションの欠如については言葉がしゃべれなかったり、言葉が遅れたりします。オウム返しの言葉が大きくなっても続いたりします。物事の名前は言えるのに会話ができなかったり、言葉使いが奇妙だったりします。ごっこ遊びができないことも多いです。3番目は想像力が育たず、事物にこだわります。活動や興味の範囲が極端に狭く、同じような行為を飽きることなく繰り返します。手をひらひらさせたり、ぐるぐる回る常同運動に没頭します。
赤ちゃんは、生まれてすぐ事物も人間も視野に入ります。すなわち、同じように見えています。焦点距離が極めて短いので、遠くのものは見えません。事物は動きませんが、人間はじっとしていません。1~2カ月すると遠方のものが見えるようになり、見えるものを目で追うことができるようになります。赤ちゃん自身が体験をとおして発達するのです。目玉を動かす。遠近感がわかる。声が四方八方から聞こえる。声がした方へ振り返る。さわる。たたく。おいしいと感じる。甘い香りがわかる。これが五感の発達です。応答的環境と愛着とが存在しないと、五感の発達はありえません。生まれてからわずか3~4カ月ごろの出来事なのです。知能指数のきわめて低い自閉症中核群の乳幼児にたくさん出会っていますが、生後2~3カ月で五感の発達が欠如している赤ちゃんはいません。その後1~2歳の間に五感という感覚能力を失っていくのです。彼らはみんな普通の応答的環境ではなく、“音”と“光”環境にはまっています。まれにテレビなどがついていない環境の赤ちゃんもいます。その環境は、テレビの代りに、周りにフラッシュカードや字、数、記号のついたおもちゃなどがあふれています(早期教育ブームも応答的環境とはかけはなれています)。二項関係(わたしとあなた)も三項関係(わたしとあなたと事物)も失っていきます。その後、三つ組の行動的特徴がだんだん表面化していきます。科学的根拠(エビデンス)は、当事者の家庭活動記録ビデオによって一部始終確認されています。私の呈示する当事者は選ばれた特別の症例だと賢者は決まって言われますが、インターネットやホームページからアクセスしてこられるすべての例であることを申し添えます。
≪対応≫
自閉症は治りますかという問いに、現在世界中の専門家は次のように答えます。病気が治るというような意味では、治ることはありません。基本的には、生まれつき脳の機能に障害があると考えられています。ローナ・ウィングは、「自閉症の人たちは、時間と空間に自分を位置づけることができない。だから、彼らの方から私たちの文化や世界の中に入ってくることはできない。私たちの方から彼らの世界に近づけていく努力をするしかない。彼らの世界や文化に近づきえた人たちだけが、彼ら1人ひとりを私たちの世界に導いてくることができる」と述べています。つまり、もって生まれた障害であって、親のかかわり方や環境の影響でおこる病気ではないということです。したがって、対応の中心は“療育”することです。脳の障害を認めて、社会の中でうまく生きれるように“治療教育”することです。療育の基本になるのは行動療法です。動機づけをしながら、不適切な行動を正しい行動に置き換えていく治療方法です。ABA(応用行動分析)とTEACCH(自閉症スペクトルの治療と教育)があります。個別に適切な行動を身につけさせることや、個別ではなく治療教育プログラムを使って、幅広い領域の支援者がかかわる長期対策です。
私は、その療育とは対極にある発達障害環境発症論としての自閉症スペクトル障害への対応を述べます。
まず、赤ちゃんの異変に気づくことがもっとも大切です。大人(保護者である母、父、祖父母、保育士など)が他児と比べて何か変だと気づくことが始まりです。表情が乏しい、目が合わない、声を出さない、呼んでも振り返らないなど。さらに、乳幼児健康診査の場で指摘されるかもしれません(4カ月健診、12か月健診、1,6歳健診、3歳健診など)。応答的環境と愛着とが歳相応に育っているかどうかを検討し、同時に“音”と“光”環境(早期教育用の玩具や教材も含む)の有無を点検します。
本体論と診断で述べましたように、自閉症の原因は、応答的環境と愛着が育ちつつある途中で不適切な“音”と“光”環境に暴露され、自己認識(延いては他者認識につながる)できなくなったことに帰着します。無量真見氏が「自閉症の意識構造」の中で記述している“コミュニケーションのはじまり”について引用します。
「“泣く”という行為はすでに“意思”が存在していることを表しています。つまり、“空腹を感じて泣く”という意思を伴った行動としてみることができます。その行為は大変重要な行為だと思います。要するに自分の意思で行動を起こし、母親から授乳が開始されれば、“自分の確認”ができるのです。お腹が満たされて満足します。泣いても泣かなくても3時間おきにミルクを与えられたらどうなるでしょう。命の生存は可能ですが、赤ちゃんの混乱は大変なものがあると思います。“自己の満足”は“自己の確認”と置き換えてもよいでしょう。いいかえれば“自己の存在に自信がつく”と言ってもよいかもしれません。自己を認識できないかぎり、他者を認識し理解することはできません。コミュニケーションというのは、自己認識が大前提であり、それが芽生えるのが生まれて1~2カ月の時期です。その後、おっぱいをのませてくれる母親の顔をじっと見つめる機会が多くなります。他者に対する存在の差を認識するようになるのです。スキンシップによって母親の認識が育ちます。母親から満足を与えてくれる“快”の提供としての“笑み”や、“不快”を取り除いてもらおうと訴える“しかめっ面”が出るかもしれません。」
実際の対応は、赤ちゃんの“育て直し”をすることです。テレビ、ビデオ、CD、BGM、電子おもちゃなどを除くだけでは決して良くなりません。赤ちゃんの意思表示、愛着、五感、活動性、意欲などは未発達のままであることに気づくことが大切です。対人関係が育っていない赤ちゃんには「イナイイナイバア」から始めます。ちょうど生後6カ月の頃です。1歳で見つかれば生後6カ月に戻るのは簡単ですが、3歳児で見つかると大変苦労します。言葉が通じない上に、自己主張だけは一人前だからです。ゆっくりと二項関係、三項関係が育ちますとうまくいきます。もっとも大きな試練は、保護者(主に母親)の“心づかい”です。かかわり過ぎが一番よくないようです。それとなく他者のまねができるように配慮したいものです。“はやくいい子に育ってほしい”とか、“はやく言葉をしゃべってほしい”と思ったら、だいたいうまくいきません。愛情をもって見守っていてくれて、困ったときに手を差しのべてくれれば、静かにその空間を共有しているだけで幸せを感じるぐらいがよいようです。何ごともいい加減が大事です。いっぱい手や口を出すのはだいたい失敗します。
行動療法(TEACCH)は極めて危険であると言わざるを得ません。愛着が育つことと、指示して教え込むことは相反することです。赤ちゃんが他者と心を通わせる時期に、大人がやるべきことは赤ちゃんの言動にオウム返しで応えることです。模倣するのが大切な時、単なる“記憶”の蓄積である形、色、パズル、記号、文字、数字を憶えさせると、心を通わせることを諦めます。


ひとり、そしてまたひとりと向き合いながら、今年も相変わりませずご指導とご支援を賜りますようお願い申し上げます。 お子さんの気になること、お気軽にメール(下記フォームをご利用ください)や直接電話などでご相談ください。

-笑わない、まねをしない、人間同士で遊ばない、目を合わせない 呼んでも振り向かない、会話ができない-

テレビ、ビデオ、CD、電子おもちゃ、コンピュータゲーム、携帯電話、早期教育ビデオ、BGM、メリーゴーランド



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