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梵語名 Arhan(アルハン)の音訳で阿羅漢と訳され、阿羅漢果すなわち覚りを得た覚者を言う、上座部仏教に於いて最高位の聖者である、意訳すれば「聖者」「供応」即ち人々に布施、尊敬を受けるに値する人間とされる、文学博士・田上太秀に拠れば釈尊も阿羅漢(アルハット arhat)と呼ばれたとされ、また釈尊も弟子の内でも舎利弗など特に優れた人には阿羅漢とか仏陀(buddha)若しくは善友と呼んだという、しかし仏滅後は神格化が進行し釈迦を阿羅漢、弟子を仏陀とは呼ばれなくなった。
これは仏教が上座部と大衆部に分裂する原因と成った、いわゆる十事の非法(注3) ・大天の五事(注4)の解釈問題で十事の非法とは教団に於ける戒律の緩和に関する十項目を言い、五事は羅漢に対する緩和及びランクを下げる主張である、仏滅後約100年後に議論された問題で十事・五事を言う大衆部(大乗)に対して上座部の反対で分裂を起こす。
通常は釈尊の高弟を指し十大弟子・十六羅漢(注5)・五百羅漢・五比丘・三迦葉などを言い、釈迦の直弟子のうち高い地位の修行者を言う、十六羅漢とは仏滅後に正法を護持して衆生救済を義務付けされた十六人を言い、五百羅漢は初回の経典結集編纂の参加者とも法華経に現れる500人とも言われている、これらは中国に於いて創められたものであるが十六羅漢は玄奘訳の「大阿羅漢難提蜜多羅所説法住記」からとられている、また五百羅漢は「法華経・五百弟子受記品」が典拠と考えられる。
通常十六羅漢は佛法を守護することを誓約した釈迦の弟子をいい、五百羅漢はインドに於いて最初に行はれた経典編纂に参加した五百人の弟子を指し最高の覚りの水準に達した人を言う、上座部佛教に於いて釈迦の弟子としての最終の到達点であり僧侶として最高の地位をも指し、正法を次世代に伝達する役割を持つ。
しかし大乗佛教では己は修行する事により覚りの境地に達しようとしているが如来に成るのを猶予して民衆を救済する菩薩行、即ち「上求菩提、下化衆生」を目的とする菩薩より、己の覚りを主な目的とする羅漢の地位は低く抑えられている。
日本に伝わった佛教は大乗佛教であり南都六宗や浄土系もこれに重きをおかれ無かった、したがって指定文化財はわずかに法隆寺・○五重塔の塑像群に見られる程度である。
しかし鎌倉時代に入り禅宗が盛んになると羅漢信仰が興り絵画に大徳寺・万福寺・東福寺等多く採用されるようになる、また羅漢寺(大分)喜多院(川越)などには五百羅漢の像も存在する。
主な羅漢像 表内は国宝
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寺 名 |
仕 様 |
時 代 |
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興福寺 八部衆立像 |
脱乾漆 149,1~160,3cm 五部浄48,8cm |
天平時代 |
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興福寺 十大弟子立像 |
脱乾漆 彩色 146,0~154,8cm |
天平時代 |
注1、羅漢 梵語の arhan の音訳で釈迦如来の直弟子をいい、正式には阿羅漢と言う。尊敬・布施をうける資格を持ち覚りをひらいた高僧を言い、十大弟子・十六羅漢・五百羅漢が代表的な存在で意訳すると「応供」とされる、日本では羅漢と呼ばれる場合があるが大乗佛教側からの侮蔑した呼称とされる。
注2、大報恩寺の十大弟子立像 木造彩色 玉眼
1, 舎利弗
95,0cm
2, 摩訶目犍連 97,2cm
3, 摩訶迦葉
94,4cm
4, 須菩提
98,6cm
5, 富楼那弥多羅尼子 96,2cm
6, 摩訶迦旃延 99,2cm
7, 阿那律
8, 優波離
95,8cm
9, 羅睺羅
98,0cm
10 阿難陀
96,0cm
注3、十事の非法
1、前日に布施をうけた塩を蓄えて後日の食事に用いても良。
2、中食後も、ある一定時間内は食事して良。
3、食後に於いてまた食べても良。
4、道場を離れれば食後でも食べて良。
5、酥・油・蜜・石蜜などを酪に混入し食事時以外にも飲む事の承認。
6、病気治療の為なら未醗酵の飲酒の承認。
7、身体のサイズに応じた座具の大きさの選定承認。
8、慣例の行為に準ずる場合は律と相違も認める。
9、別箇に羯磨法(こんまほう)を行い、あとからやって来て他の人にそれの承認を求めることができる。
10、金銭類の布施の承認.
注4、大天の五事
1、天魔の誘惑時は羅漢も不浄の夢精は致し方ない
2、羅漢には不染汚無知が有る
3、羅漢には世間の疑惑がある
4、羅漢には聖慧眼に至らない人がある
5、真実、苦悩を叫ぶ事から聖道が生まれる
注5、十六羅漢 とは釈尊の涅槃時に仏法護持の役目を委託された16人で此処千人程度の弟子を持っていた、因みに正式には阿羅漢と言う。
1、 賓度羅跋
2、 迦諾迦伐蹉尊者
3、 迦諾迦跋釐堕闍尊者
4、 蘇頻陀尊者
5、 諾距羅尊者
6、 跋陀羅尊者
7、 迦哩迦尊者
8、 伐闍羅弗多羅尊者
9、 戎博迦尊者
10、半託迦尊者
11、
12、那伽犀那尊者
13、因掲陀尊者
14、伐那婆斯尊者
15、阿氏多尊者
16、注荼半た迦尊者
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最終加筆日2004年11月15日 2007年5月30日