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中岡 慎太郎 1838〜1867 なかおかしんたろう 天保9年〜慶応3年
天保9年4月13日、安芸郡北川郷柏木の大庄屋中岡小傳次の長男として中岡慎太郎は生まれています。名を福太郎、光次。正道。迂山。
中岡慎太郎の志士としての行動力、活動力、そして実績は素晴らしく、同志の坂本龍馬と共に短いながらも中身の濃い人生を送ったと思いますし、わたしも彼の生き様に惹かれてしまいます。そんな中岡慎太郎は現在の高知県安芸郡北川村柏木に大庄屋中岡傳次の長男として生まれました。
現在は観光名所として一般に公開され、内部も見学することが出来ます。これは本当にありがたいことで、慎太郎が生まれ育った屋敷に復元とはいえ触れる事が出来るのですから、嬉しい限りですよね。中岡家は元々北川村に住んでいた訳ではなく、文政7年(1824年)に吾川郡八田村より北川郷大庄屋としてこの地に赴任して来たそうで慎太郎生家は、当時の中岡家当主の要七が建てたもので、広さ213平方メートルあるそうです。
慎太郎がどのような生活を送っていたのか想像する事もできますし、どうにもテンションもあがります(笑)右下の写真にある『ナツメの木』は、幼少の慎太郎がよく登っていたと伝わるものなのですが、生家復元後に衰えはじめ現在は切り株となっています。それでも残っている事が嬉しいかなとも思えます。
この北川郷は沿岸部より山奥に入った場所に位置する静かなのどかな場所であり、平家の落人によって開発されたという話も伝え残るそうです。慎太郎が幼少の頃に泳いだとされる巻の淵など周辺には景色の良い場所も多くあります。初めて生家を訪れた時に国道493号線を奈半利川沿いに走り、途中『もしか道に迷ってます?』ってな感じで本当に心配した苦い思い出もあるのですが、現在は高速道路のようなバイパスが完成して交通の便は良くなっています。訪問する道中が便利になり楽になった反面、狭い道を通って慎太郎生家へ風景を見ながら訪れる楽しさも捨て難いかなと思う気持ちもあったり。。。
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