さ〜て…なぜいまさらこんなページを作ったかというと… いわゆるアイマール来日記念です!(現在2003年6月3日火曜日)
というより、今回の来日で気づいたのですが、アイマールファンサイトというわりにはアイマールの情報が少ないなって…(笑)。
こんなんでファンサイトと呼べるか〜!!!!(`´)と思っちゃったので、さりげなく作ってしまいました。 HEROのページ見ても、AIMAR
のページを見てみても、なんか自分のアイマール論を語っているだけだったので、これじゃあ別館のアイマール同盟の方が詳しく
紹介してあるなぁ…って(笑)。まぁ、アイマールをばっちり知っちゃっている方にはあまり必要のないページではありますが、これから
アイマールを知る方のために作った、アイマールの大まかな説明を載せたページとでも思って下さい♪では^^。

Pablo Cesar Aimar
パブロ・セサル・アイマール
誕生日 1979年 11月3日 さそり座
2003年6月3日現在23歳!
身長 170p 体重 62s
ニックネーム パジャッソ、カイ、パブリート、パジート
経歴 母国アルゼンチンの名門クラブ、リーベル・プレートでデビューし、
2000年にスペインのバレンシアへ移籍。今でもバレンシアで活躍中。
ちなみに2002年日韓W杯にも出場。
背番号
リーベル・プレート 10番
バレンシア 21番
アルゼンチン代表 16番
彼はバレンシアの攻撃的MF兼FWをしている。
アルゼンチン代表の中でも2006年W杯の中でも主役として
活躍するだろうといわれている、稀代のパサー。
パスセンスに優れているが、自分からゴールも狙いにいける。
ドリブルで相手陣内に切り込んでいく姿は圧巻!
あのマラドーナに『現在高いお金を払ってまで見たい選手は
アイマールだけ。上手い選手なら他にもいくらでもいるが、
感動させられる選手はそうはいない。その点アイマールは
文句の付けようがない。』とコメント。
かのヨハン・クライフには『久々に天才を見た(@@)』とまで
絶賛された。
母国の点取り屋、元バレンシアのエル・マタドール(闘牛士)の
マリオ・ケンペスにまで『アイマールはアルゼンチンにとって
特別な存在になりつつある。サビオラもリケルメも素晴らしい
選手であるが、アイマールとはまた違う。』とまで言わせた。(某
雑誌でインタビューされたものより抜粋)

そんな彼の、偉大なフットボーラーになるまでの経過をちょっとだけ紹介♪
アイマール、アルゼンチンのコルドバ州、リオ・クアルトで誕生。
ミドルネームのセサルは、アルゼンチンを優勝に導いたセサル・ルイス・メノッティ
監督より拝借されたもの。
父がサッカー選手であったため、アイマールも幼少時から周りと
同じくサッカー少年に。小学校に通いながら、午後は地元のクラブ「エストゥディアンテス」
でサッカーを楽しむ。とにかくすっごい強かったらしい、小さい時から。敵にしたくないタイプ
の選手だった、とアイマールの友人が語っている。
10歳のころ、アイマールの名はコルドバ州全体に広まるほど有名に。
そんなある日、アイマール擁するエストゥディアンテスの試合を見にやってきた当時のリーベル
関係者の者がアイマールのプレーにドッキリビックリ!こりゃすごい宝を見つけたぜ〜★と思った
彼はすぐにアイマール&彼の父親を説得し、リーベルのテストを受けさせた。1994年2月の事だった。

そして2001年1月、バレンシアに移籍した。
スペインサッカーとアルゼンチンサッカーの違いに戸惑い、シーズン途中から加入した事も
あって、初めのころは力も発揮できず、ベンチをあたためる事も多かった。
しかし天才は目覚めた。
リーガエスパニョーラ01−02シーズンでは、アイマールはバレンシアをリーガ優勝に導いたのだ。
2002年日韓W杯では存分にプレーさせてもらえないまま失意を味わった…。
しかしアイマールはまだ23歳。まだまだこれからである。
2006年ドイツW杯を背負うアイマール。
その幕開けはまず、日本から…。
ふ〜。とりあえずこんな感じで。
今度雑誌のインタビューとかもちょっとだけアップしようかと思ってます。暇あったらね(笑)。
アイマール、ルックスもいいし、プレーも最高!と来れば、きっとそのうち日本でもブレイクするはず。
でもベッカムみたいなブレイクのしかたはヤダぞ(笑)。
それに管理人@りりーは顔だけでいえば本当はサネッティの方が好みだったりする(笑)。
でもやっぱりアイマールのプレーに惹き付けられちゃうんだよね。
アイマールが現役でいる限り、その素晴らしいプレーを見せて(魅せて)くれる限り、私は精一杯
応援したいと思います。

